A requiem to give to you
- A score that spells hope・後編(8/10) -



「一人は研究者である父の自称助手、もう一人はあたしの従姉妹なんだけどさ。全く毛色の違う二人なのに、どっちも妙に諦めが悪いと言うか、他人に興味がない人間に対してしつこく構ってきた」



今でも何で来たのかはわからない。別に来たからと言ってその人達を無下に扱ったとか、追い払ったりしたとかはなかったけれど、本当に何もしなかった。

それでも毎日のように構ってくれば、いつしか何かしらの感情を抱く物である。



「一度興味を持つとさ、良い所も悪い所も見えてきちゃうよね。頑張ってるのにから回る様子は面白いって思うし、ビビりながらも一生懸命な姿は可愛らしいなって……感じちゃう」



その頃からだろうか。己が何かを可愛がるようになったのは。それと同時に、他者との関わりが楽しいと感じるようになっていったのは、もはや必然だったのだろう。



「それから暫くして生まれ育った街を離れて、今の家に引っ越してきて………誰よりも先に会った人は、何だかとても悲しそうだったな」



この辺から記憶は飛び飛びとなっているが、それでも始まりでもあるその記憶だけははっきりと覚えていた。



「何があったのかはわからなかったけど、そいつはこの世の全ての不幸を背負ってるような顔をしていた」



何がそんなに悲しかったのか、誰かに酷い事でもされたのか。それとも酷い言葉でも言われたのか。

それが何だかとても気になって、昔ならあり得ないと思いながらも取り敢えず挨拶から、と声を掛けてみた。



「なのに人が折角挨拶したって言うのに、何故か罵倒されるし……最悪の一言以外何もないよね」

「………やっぱ根に持ってンじゃねーかよ」



そこで漸く今まで黙っていたグレイが口を開いた。それにレジウィーダは「当たり前じゃん」と返す。



「気持ち悪いなんて言われて喜んでたら相当ヤバい奴じゃん」

「違いねェ」

「……ま、別にそれは今は良いんだけどさ」



それよりも、とレジウィーダは膝に置いた腕に顔を乗せて続けた。



「アンタって、意外と努力家だよね」

「急に何だよ?」



意味がわからない、と言いたげにこちらに寝返りを打ちながら見てくるグレイにレジウィーダは一つ息を吐いた。



「性格はクソッタレだけど、手先は器用だし、料理も出来る。サボり魔のくせにテストの成績だって悪くない。運動も人並み以上は出来るし、意外にも要領も良いとか………どんな天才かと思ってたけど」

「余計な一言が多いなオイ………それで?」



突っ込みつつも続きを促すその言葉にレジウィーダは思い出したように小さく笑った。



「才能の部分も確かにあるんだろうけど、でもアンタの持つそれの殆どが人知れず努力して得た力なんだなって………アンタも人の子なんだなぁって、ちょっと安心した」

「何だそりゃ。……つーか、それってもしかしなくてもダアトでの事を言ってるだろ」



確かにダアトで彼と再会したのは礼拝堂で、彼がオルガンでメロディを奏でている時だ。

普段の君からは想像もつかないような拙い指先。憎たらしいその性格からは考えられないような優しい音色。

聞いた事のない旋律。だけどどこか暖かく、いつでも見守ってくれるような…………包み込んでくれるような、そんな優しさを持つソレは、自分が知っている曲と同じような擽ったさと、儚さがある。

きっとこの曲の作者は、何かとても大切に守りたいものがあったのかも知れない……と、そんな想いを感じる。

───そう、まるで眠れぬ子供が安らかな夢を見られるような。そんな、

















子守唄のようだった。

グレイの言葉でその時の事を思い出し、レジウィーダは軽く噴き出す。



「確かにそれもあるよね。てか、アンタならもっと軽快に鍵盤くらい叩けそうだと思ったし」

「流石に経験がないものをいきなり出来るわけねーだろうが」

「でもそれって料理とかも同じだよね。全ては経験が物を言うんだ。色んな物を積み重ねていった結果が、今のアンタになっているんだから」



だから、それはそれで良いんじゃない?



「偶に何も言わずに勝手に物事を進めるところは気に食わないけど、だけどそれによって助けられてる部分もあるってのはわかってるから」

「……………」

「そんなアンタだから、きっと一緒にいたいって思えるだよ」



涙子も聖も、



「そして、あたしも───ね」

「お前………」



レジウィーダは一度大きく息を吐き、それから改めてグレイを見た。



「グレイ」

「……!」



急に名前を呼ばれた事に驚いたように目を瞠る彼に続ける。



「アンタが弾いてたあの曲、ちょっと歌ってみても良い?」

「え?」

「曲自体は知らないんだけどさ。なんか、あの感じがちょっと懐かしいなって思って………」



自分の持つあの自鳴琴の曲にも似た、あの感じがすごく気になる。………それに何となく、あの曲の作者の想いに応えたい、と思ったのだ。



「ダメ、かな?」

「………下手くそだったら殴るからな」



そう言って再びこちらに背を向けるようにして寝返った彼の言葉に、レジウィーダは嬉しそうに笑うと息を吸った。



「♪ ──────………」



西に沈みゆく月が流れる夜空に、歌詞のない、けれどささやかで優しい歌声が響き渡る。



♪ ───



    ♪ ──────



♪ ───   ♪ ──────……











………………。












それからこの空間にもう一人分の寝息が増えるのに、そう時間はかからなかった。
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