A requiem to give to you
- A score that spells hope・後編(5/10) -



「前に」



と、タリスはグレイを通り過ぎて歩き出す。それに何となく着いて行くと彼女は続きを口にした。



「ナタリアの逃げ道になってあげて、みたいな事を言っていたでしょう?」

「ああ」

「あれから考えてみたのよ。何が彼女にとって逃げ道となるのかなって。それで湿原で皆がナタリアの事を励ましていた時に気付いてね」



彼女は逃げるような人ではない、と。



「最終的な選択肢としては頭に入れるかも知れないけど、でもきっと彼女はそれを選ばないわ。だから、思ったの。私が、私達が彼女に出来る事としたら………それは背中を押してあげる事なんだなって」

「背中……ね」

「だから、あなたとの約束を破る事になるけど、私はナタリアを応援したいわ。だってその方が………きっと私にとっても嬉しい事なんだと思うから」



その言葉にグレイは目を瞠って先を歩く彼女を見た。

タリスは立ち止まるとこちらを振り返った。その表情は、どこか希望に満ちていた。



「ナタリアが、父親に自分の気持ちをぶつけて……それがちゃんと届くのなら、私も自信が持てる。そんな気がするの」

「それって……」



それにふと、彼女の家の事情を思い出す。彼女もまた、家族に振り回される立場なのだ。きっと、言いたいことは山のようにあるのだと思う。その為の勇気を得たい、そう願っているのではないか。

そんな事を考えていると、タリスはいつものように穏やかな笑みを浮かべた。



「グレイ、私は………私たちは、あなたが思っているほど弱くはないわ」

「…………」

「あなたが望むのなら逃げ道だって作ってあげるし、肩を支えてもあげる。それに眠れないと言うのなら、子守唄を歌ってあげたって良いのよ?」



おちゃらけたような、そんな言葉。だけどグレイはそれを笑い飛ばすことは出来なかった。タリスはそんな彼の手を取ると再び歩き出した。



「あ、オイ。どこに───」

「人にはそれぞれ、その人に合った役割があるのよ」

「役、割……」



思わず呟くと、タリスは少しだけ寂しそうに笑った。



「あなたにとって、私が逃げ道となるならきっと………──────」



その先は上手く聞き取れず、彼女にもう一度尋ねようとしたところで、前方に見知った人物らを見つけたのだった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「あ、いたわね」



そんな声がしてそちらを向くと、タリスと……彼女に手を引かれてきたグレイがいた。



「あ、お嬢ー!」

「タリス、それに……」

「グレイもいたのか」



おーい、と手を振って迎える横で一緒にいたルークとヒースも二人に気付き声を上げる。

二人は三人の元に来ると、タリスが首を傾げた。



「あら、三人で一緒にいたの?」

「いや、途中からの合流だよ」

「つまり元々は一人って事かよ」

「ミュウもいるですの!」



グレイの言葉にミュウが耳をパタパタさせながら彼の前でアピールする。それを軽くいなしながらグレイは呆れたようにタリスから離された手で頭を掻いた。



「ジェイドにバレたらまた怒られるぞ」

「就寝時間になった瞬間真っ先に宿屋から一人で出て行った人がよく言うわよ」



タリスの言葉に図星を刺されたグレイは黙り込んだ。しかしその言葉に首を傾げたのはルークだった。



「二人は最初から一緒だったわけじゃないのか?」

「ええ、私たちも後からの合流だったのよ」



ルークの問いにタリスが頷く。それにレジウィーダも「そう言えばさ」と言って彼女を見た。



「さっきこっち見て”いた”って言ってたけど、探してた?」

「あ、そうなのよ。レジウィーダ、この後ちょっと時間あるかしら? 良かったらヒース達も」



その言葉に三人と一匹は顔を見合わせ、それから頷いた。



「宿に帰るだけだったし、大丈夫だよ」

「そう、なら………着いてきて」



そう言ってタリスは歩き出し、着いて行った先にあったのは小さな公園だった。



「ここって、公園?」

「ええ、霊魂達にどこか落ち着ける広い場所がないか聞いてみたらここを教えてくれたの」

「そうなんだ」



タリスの言葉に頷いてレジウィーダは辺りを見渡す。高い建物が多いこの街の中でもこの辺りは比較的建造物は低めで、圧迫感が少ない。そのせいか、公園自体はそこまで大きくはないが空が拓けている為、何だか広く感じる。

そしてこの世界は地球とは違って24時間街灯が点灯している、と言うのはないのだろう。夜も大分更けてきた今は公園の街灯は入口の一本が灯っているだけで公園の中は完全に消灯している。



「思ったよりも暗くはないんだな」

「月明かりが綺麗ですの!」



同じように公園を見渡していたルークとミュウがそう言うのを横目に、タリスは公園の中央まで行くといつの間にか持ってきていたらしいシートを敷き始めた。人が5、6人乗っても余るくらいの大きなそれにグレイは「そんな物用意していたのかよ」と突っ込んだ。



「あれば何かと便利じゃない?」

「いや、そうだけどよ」

「ほら、か弱い乙女に全部やらせる気? 文句を垂れてないで手伝いなさいよ」



か弱いかはともかく、確かに一人で敷くには少し大変そうである。レジウィーダ達は手分けしてシートを伸ばしたり、手頃な石などを集めてシートの四角にそれを置くと靴を脱いでシートに上がった。
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