A requiem to give to you
- A score that spells hope・前編(7/7) -



「もし、あの子らに余計な事をしたら………



























その時は必殺キックした後でそのチョンマゲ剃り落としてやるからな!」



そう言うとヴァンは目を瞬き、リグレットから途端に呆れたような視線を感じたが、レジウィーダ自身は割と言いたい事が言えて満足したように口角を上げると、踵を返した。



「ま、そう言う事だから」



それと、とレジウィーダは顔だけ振り返って言った。



「今度会う時までにルークへの謝罪の言葉、ちゃんと考えておけよな」



これでも結構ムカついたんだからな。

最後にそう言い残すと、今度こそレジウィーダは研究所を後にしたのだった。






…………。






騒がしい者達がいなくなった部屋は静寂に包まれる。

リグレットはヴァンを見て口を開いた。



「………ヴァン」



しかし呼ばれた本人はそれに応えずにククッと堪えるように笑った。



「やはりあの娘とは………何もかもが相入れないな」



出会い方の問題もあったのだろうが、レジウィーダがヴァンを一度でも信頼した様子を見せた事はない。だからこそなのか、彼女はいつだってヴァンにとって不都合な動きをしてくれる。

持っている力は申し分ない。もしもこちらに引き込めるのであれば、十分な戦力になる………だからこそ、凄く惜しいと思った事も少なくはない。

それに彼女はあの被験者イオンやフィーナの心を動かした事もある。後者に関しては彼女自身に全くの自覚はないようだが、結果的にこちらの戦力になっている。しかしその反面、その意志の強さがまた、こちらを受け入れない要因ともなっているのも事実だった。

そこでふと、ヴァンは笑いをやめて顎に手を当てながら先程の彼女の言葉を思い返す。



「大切な物に手を出すな、か」



まるでこちらの行動を見透かしたかのような牽制。ヴァンは利用出来る物は何でも使う。少しでもこちらの計画に肯定出来るのであれば………いや、例えそうでなくても、計画をより効率的に進める為に必要があるのなら、手に入れたいモノである。

しかし、警戒されているのなら………今下手を打つ必要もないのだろう。

ヴァンはそう考えを纏めるとリグレットを向いた。



「そう言えば、フィーナはどうしているのだ?」



数日前まではリグレットと共に行動していた筈のもう一人の補佐官の姿がない事を思い出しそう訊ねると、リグレットは「その事ですが」と一つ前置きをした。



「昨日まで研究所内にいて何かを調べていたようなのですが、今朝所用が出来たとの事でケテルブルクへと向かったようです」

「ふむ、ケテルブルク……か」



ヴァンの脳裏にはフィーナと、彼女とよく似た顔立ちの少女の顔が浮かぶ。嘗ての少女達を最後に揃って送り出した場所であり、フィーナが一人となって神託の盾を辞めるキッカケとなった場所。

彼女達に何があったのかを、ヴァンは深く聞いた事はない。しかし今、敢えてその場所に向かう理由とは何なのか。



「用が済み次第直ぐに戻るとの事でしたが、急ぎでしたら呼び戻します」



リグレットの言葉に「構わん」と告げる。



「あの場所はフィーナにとっても因縁の場所だ。何かやりたい事があるのだろう。好きにやらせておけ」

「承知しました。……では、私も次の任務の準備に向かいますので、これで失礼します」

「ご苦労だった。次もよろしく頼む」



そう告げると、リグレットは一礼して部屋を後にする。



「………………」



ヴァンは椅子に座ると静かに目を閉じる。



『預言を信じる人々が憎いから、この世界から消し去りたいってのは………同意は出来ないけど理解は出来るよ。だけどさ、いなくなった穴埋めを代用品でするって、なんで態々そんな事をするんだろうなって思ってさ』

『全てをレプリカにして………その先の未来をアンタ自身はどうしたいって言うんだよ?』



別にレプリカに作り替えた先の未来になど、興味はない。今の人類に絶望を味合わせ、そして滅んでしまえば良い。

確かにそれだけならば、レジウィーダの言う通り態々代用品を用意などせずに外殻大地を全て崩落させ、あの毒の海に沈めてしまえば良いだけの事。セフィロトが暴走しているこの状況を放置すれば、長く待たずともそれは実現可能だ。















───ヴァンデスデルカ



そう、優しく名を呼ぶ声が頭を過ぎる。それは一体誰だったのだろうか。少なくとも、己をそう呼ぶ者はもうこの世には存在しないのは確かだ。

彼の人らは、この世界を愛していた。美しい空、長くどこまでも広がる海の見える場所で、家族と共に、新しい命を楽しみに待ち望む声が響く。

優しい旋律を紡ぎ、幼い己とその身に宿す存在への慈しみを与える暖かな腕………───それは確かに、幸せな時間だった筈だ。

もしも、もう一度。そんな景色が見れたなら、どんなに良かった事か。

二度と同じ時間はやってこない。だからせめて、形だけでも………元の形に戻したかったのかも知れない。

ただ、それだけの気持ちだった。



「…………我ながら、下らぬ理想(夢)だな」



静かな部屋でそう嘲笑った彼の表情を、誰かが見る事は叶わなかった。











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