A requiem to give to you- 詠まれなかった存在(5/8) -
アクゼリュス崩落前よりももっと前だ。とある任務で負った怪我の影響で高熱を出した時。今日のように何故か引き寄せられるようにここに来た。
正直、かなり記憶が曖昧だったし、目が悪くその時は何も着けていなかったのもあってその姿も朧げであったが、それでも……これだけははっきりと覚えていた。
彼が、トゥナロが奏でていたその曲こそ
陸也が昔、誰かからもらった子守唄と同じ旋律だったのだ。
「あの時、お前が弾いてた曲……アレは、オレも知っていた」
「そうだろうな。だってあの曲は、作者がお前の……って言うか、”陸也の為に”作った物だったから」
今と同じように眠れない日が続いていた、他でもないお前の為の子守唄だったんだよ。
「多分、家の奥底にでもしまってあるんじゃねーか?」
「何がだよ?」
「何がって、決まってるだろ」
身に覚えがなくて首を傾げるとトゥナロはわかるだろ、と言いたげにこちらを見つめてくる。
それに何となく、ポケットにしまいっ放しの預かり物に手を置いた。
「自鳴琴……?」
「なぁ、グレイ」
再び呼ばれ、素直にそちらを向く。
「覚えてる限りで構わないからさ。お前の知るその曲、聴かせてくれよ」
あの曲、結構気に入ってるんだ。
そう言ったトゥナロに面倒臭い、と思いつつも………何となく、自分もそのメロディを聴いてみたいと思った。
「……下手でも、笑うなよ」
こうなりゃヤケだ、とどことなくある気恥ずかしさを隠すように右手を鍵盤の上に置いた。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
イオンの部屋へは譜陣による移動で向かう。その為、その譜陣が設置されている場所へと赴いたタリス達は先客の姿に慌ててその身を隠した。
「大詠師モース、先程の約束は本当でしょうね?」
先客の一人は《死神ディスト》だった。最後に見かけた時はタリスがけし掛けた譜業装置に潰された姿だったが、今はピンピンとしているようである。
そしてもう一人の先客、モースはディストの言葉にフン、と鼻を鳴らした。
「任せておけ。戦争を無事再開する事が出来れば、アレはヴァンから取り上げてやる」
「フフフ、ならばこの《薔薇のディスト》、戦争再開の手段を提案させて頂きましょう」
怪しげで不気味な笑い声を上げ、ディストは座っている浮遊椅子に深く腰掛け直して続けた。
「まずは導師イオンに休戦破棄の導師詔勅を出させるのがよろしいかと」
「ふむ、では早速手配しよう」
モースは頷くと、ゆったりとした足取りでその場を去って行った。それにディストも椅子を操作して続こうとした時、譜陣が光出し、そこからフィリアムが現れた。
「あれ……ディスト?」
「おや、フィリアムではありませんか」
貴方が導師に用事なんて珍しいですね、と不思議そうにディストがそう言うと、フィリアムは手に持っていた紙をディストに見せた。
「何ですかこれは…………辞職届? ───って、はあああぁっ!?」
「うるさ」
至近距離でキンと張った大声にフィリアムは顔を顰めて耳を塞いだ。しかしディストは驚きのままに彼に詰め寄った。
「いや、急に何なんですか貴方!」
「何なんですかも何も、そのままの意味だよ……………受理されなかったけど」
「当たり前ですよ!!」
貴方自分の立場わかってます!!?
「仮にも幹部補佐ですよ!? そう易々と辞められるわけがありません!」
「好き勝手にサボったりいなくなるのは良いのに?」
「それは…………ちゃんと給料から欠勤分は引かれているから良いんですよ。それよりも、重要機密を抱えたまま辞められる方が迷惑です!」
それはまさに正論である。しかしフィリアムも退くつもりはないようで、ポケットからもう一枚の紙を取り出した。
「それはわかってる。……だから、こっちを出してきた」
目の前に出されたそれは判の押された休職届だった。
「いや、だから何を勝手に………」
「やりたい事が出来た。それに今の俺じゃ、何をしても足手纏いになるから………どうせ無期限の休養を言い渡されてるから、正式に手続きしただけの事だよ」
そう言って苦笑したフィリアムに流石のディストもどう返したら良いのかわからず頭を抱えた。
「だとしても、態々そんな事をするって事はここを離れるつもりなのでしょう?」
「だって、ここにいたら何も出来ないし」
「大体何をやりたいと言うんですか」
そんなディストの問いに、フィリアムは真っ直ぐに彼を見ると口を開いた。
「探し物と世界の見解を広げる旅をしてくる」
「何ですかそれは……」
意味がわからない、と溜め息を吐くディスト。フィリアムは別に理解を求めてはいないのか、先を急ぐように二枚の紙をポケットにしまうと「そう言う訳だから」と告げて駆け出した。
「あ、ちょっと待ちなさい! まだ話は───」
モースと違い素早い動きであっと言う間にいなくなったフィリアムを追いかけようとしたディストの言葉は最後まで続かなかった。
彼とまるで入れ違うように何かがディストの顔面スレスレに飛んできて、ディストは思わず固まった。
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