A requiem to give to you
- 詠まれなかった存在(4/8) -



(今、何か聞こえたような……)



オルガンのような、楽器の音。

確かに礼拝堂の隅にはオルガンが置かれているのは知っている。偶に教団の者達が聖歌を歌うのに使われる物だ。

しかし今の時期は違う筈だ。かと言って練習しているにしては、あまりにも音がしなさすぎる。



(それに、何だかまるで……呼んでいるかのような……)



導かれるかのような、そんな感じを覚えながら、グレイは意を決するとタリスに「少し離れる」とだけ告げて礼拝堂に向かって駆け出した。

それから礼拝堂の扉を静かに開け、物音を立てないようにそっと中へと入り込む。念の為、いつでも武器は出せるようにホルスターに手を当てながらオルガンに近付くと、そこには………



「は……?」



仔ライガが鍵盤をふにふにと叩くと言う、何とも異様な光景と出会した。

グレイの声に気がついた仔ライガ、トゥナロは「おお、来たか」と呑気に返してきた。



「何、やってンだテメェは………」

「何って、見た通り演奏してたんだよ」

「いや弾けてねーし! てか、何でその姿になっても弾こうと思った!?」



無理があり過ぎる、と誰もいない事を良い事につい大声を上げてしまったが、トゥナロは気にする事なく鼻を鳴らした。



「そんな気分になる事だってあるんだよ」

「だとしても、周りから見たらトンデモおかしい事になってンぞ」

「そんなの気にしてたら何もできねーだろうよ」



売り言葉に買い言葉である。こちらが何を言っても反論してくるのでキリがない。これ以上は時間の無駄だと早々に返すのを諦めたグレイにトゥナロはオルガンの椅子から飛び降りると彼の肩に飛び乗った。



「うわ、重っ」

「そりゃあ、この体自体は育ち盛りだからな」



わかってるなら乗るな、と押し返すが、トゥナロはそんなグレイの顔を見て呆れたように前足を彼の目元に当てた。



「オイオイ、前にも増して酷い顔してるなぁ。何日まともに寝てねーの?」



ふにふに、と無駄に柔らかい肉球が目の下を叩くのを鬱陶しく思いながらも、グレイは「さあな」と面倒臭そうに返した。



「正直、覚えてねーわ」

「ったく、人間の最大欲求の一つだぞ? オトシゴロの子供が何一つまともにこなせてなくてちゃんとした大人になれると思うなよ?」

「うるせェっての。お前はオレの母親か」



そこまで言ってから、グレイはハッとして口を閉ざす。そんな彼に大体の事情を察したのだろう。トゥナロは「ほお」と間伸びした言葉と共に意地悪そうな声を出した。



「”あの”母親が、そんな風に言ってくれた事あったか?」

「べ、別にオレの……に限った事じゃねーだろ。世間一般的な物の例えとしてだな」

「その割には、随分と周りの影響を受けてるみたいだけどな」

「うぐ……っ」



やはり元が同じなだけあるのだろう。この件に関しては大いに反論したいところだが、した所で負けるのは目に見えていた。何を言っても、事情を知る者にいくら繕った所で論破されるのがオチだからだ。

そんな事を考えているとトゥナロが口を開いた。



「ま、今はこの場にいない人間の話をした所で仕方ないか」



でもなぁ、とトゥナロは溜め息を吐く。



「しかし、そうか。今の時期的にはそうなってもくるよなぁ……」

「オイ、何を一人で納得してやがる。独り言を呟くくらいなら、少しはこっちにもわかりやすくしろよ」



急に自己完結をし始める半身(?)に段々と苛立ってくるのを抑えながらそう言うと、トゥナロは唐突に「そうだ」と思い立ったようにグレイの肩から飛び降りると、再びオルガンの方へと向かった。



「グレイ、良い事を教えてやるよ」

「何だよ?」



期待せずにそう返すと、何故かトゥナロは得意げになってオルガンの前に座った。



「眠れない子供を寝かす時って、どうする?」

「はぁ? どうって………抱っこしたり、背中を叩いたりとかするンじゃねーの?」



そのどちらも、やってもらった記憶は殆どないが。そう内心皮肉りながらも、トゥナロの後ろにあるオルガンを見た。



「後は………子守唄、とか?」



しかしオルガンで子守唄を奏でて寝かすだなんて聞いたことはない。

それよりも、とグレイはトゥナロを向き馬鹿にしたように嗤った。



「何? 子守唄でも弾いてくれンの?」

「何でオレ様がテメェの為に弾かにゃならんのだ。……じゃなくて、お前が弾くんだよ」

「意味がわからん」



それこそ何で今ここで自分が子守唄など弾かなければならないんだ。そう思わずにはいられなかった。



「大体、オレは楽器なんて小学校の頃のリコーダーくらいしかまともに触れた事がねーンだぞ」

「でも鍵盤でメロディくらいは叩けるだろうよ。オレは器用だから、お前もいけるって」

「いや、何がだよ」



そもそも、何でそんなに子守唄を弾かせたがるのか。



「それに子守唄っつったって、どんなのがあるかなんて……」



知らない。その言葉は何故か出てこなかった。

だって、一つだけ…………知っているモノがあったから。

───それと同時に、ある事を思い出した。



「そう、言や………確かお前を初めて見た時、ここでなんか弾いてなかったか?」

「お? 何だ覚えてたのか」



少しだけ意外そうな声を上げるトゥナロに、グレイは苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
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