A requiem to give to you
- 詠まれなかった存在(3/8) -



「俺は、俺の本当の夢を見つけたい。”宙”ではなく、”フィリアム”と言う俺自身が何を望んでいるのかを、世界を見て、アンタ達を見て定めていきたいんだ。だからさ……」



そう言って手元にある彼女の手を強く握り返す。



「───姉さん、アンタも………アンタの本当の願いを、見つけてよ」



そうすればきっと、その時が本当の意味で……俺たちは別々の存在になれる、そんな気がするんだ。



「あたしの、本当の願い………」



レジウィーダは困ったようにフィリアムを見つめていたが、内情を知る者の固い意志に根負けをしたのか、やがて諦めたように表情を崩すと柔らかく口元を緩ませた。



「………少しだけ、考えてみようかな」



その表情は、再会してから何も感じられていなかった彼女にも、少しだけ希望の光が差しているような気がした。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







ルーク達はダアトへと来ていた。流石に直接アルビオールを乗り付けるわけには行かなかった為、ダアト港とダアトの間の少し離れた森から降りて街中へと入った……のだが、何やら以前よりも空気のざわめきを感じたグレイが辺りを見渡した。



「? 何だか落ち着かねェな……」

「やっぱりそうなのか。確かに前にナタリア達を助けに来た時よりも街の人達が忙しないって言うか……」



ルークも同意するように辺りを見て言うと、ティアは声を顰めて教会の方を指差した。



「皆、あれを見て」



彼女の指差す先には、教団の入り口に押しかける人々の姿だった。

教会の扉は固く閉ざされ、集まった人達が中に入れないようになっている。その周りには武器こそ出していないが、警戒を顕にする神託の盾兵の姿もあり、何かあれば直ぐにでも出られる体制を築いていた。

そして階段を登った先の入り口には、詠師であるトリトハイムが人々を宥めていた。そこに一人の男性が声を上げた。



「一体いつになったら船を出してくれるんだ!」



そうトリトハイムに訴えかけたのは、服装や荷物から見て巡礼者だろうか。そんな彼の言葉に周囲の人々も頷いた。



「港に行ったらここ訊けと追い返されたぞ!」

「船が出ないと故郷にすら帰れないんだ!」

「皆、落ち着くのだ!!」



トリトハイムも人々に聞こえるように声を張り上げた。



「ルグニカ大陸の八割が消滅した! この状況では危険すぎて定期船を出すことなど出来ぬのだ!」

「嘘を吐くな! そんなわけがないだろう!」

「嘘ではない!!」



信じられないと言うように怒鳴る人々にトリトハイムも負けじと吠えるようにして返す。

確かに、実際に目の当たりにしている者ならともかく、空でも飛んで見に行かなければそれこそ実感は湧かないだろう。しかしいずれはここも沈む可能性だってある。下手に船なんて出せるわけなどないのだ。

トリトハイムは咳払いをすると、今度は宥めるような落ち着いた声で言った。



「残念ながら、事実なのだ。ルグニカ大陸の消滅によって、マルクトとキムラスカの争いも休戦となった。とにかく、今はこちらも事態を把握し切れていない。もっと詳しい状況がわかるまでは船は出せぬ」



その言葉に先程まで声を上げていた人々は沈黙した。それから徐々にざわめきを大きくすると戸惑いの声が上がった。



「ルグニカ大陸って言えば、世界で一番大きな大陸だ。それが消滅しただなんて……」

「どうなってるんだ……」

「この世界は、どうなってしまうの……?」

「方々!」



様子を見守っていたトリトハイムが再び声を張った。



「案じ召されるな。この世で起こる事の全てのことは、預言に記されている筈。いずれ導師イオンか、大詠師モースよりご説明があるだろう。今は心を落ち着けて待たれよ」



その言葉を聞き納得はしていないものの、今は出来る事がないとわかったのだろう。人々は次々と教会前から去っていった。その流れに乗じてグレイ達もバレないようにそっとその場から離れた。



「……流石にこの状況で戦い続けるほど、インゴベルト陛下も愚かじゃなかったって事だな」

「それだけが、救いですわ……」



ガイの言葉にナタリアも小さく安堵の息を漏らした。

そんな二人にヒースは頷き、「さて」と話の本題を切り出した。



「とにかく今は導師に会いに行こう」

「そうね。折角、両国が休戦しているんだもの。動くなら今がチャンスよ」



ヒースの言葉にタリスも頷き、ルーク達は再び教会の前まで足を運んだ。

先程とは違い静まり返った扉の前には誰もおらず、けれど扉は閉まったままだった。



「どうしよう……」



ルークが困ったように扉を見上げていると、グレイは構わず取っ手に手を掛けて引いた。



「開いてるぞ」

『………………』



あれだけの事があったと言うのに、まさか鍵がかかっていなかった事実に拍子抜けした一同に向けてグレイは溜め息を吐いた。



「気持ちはわからなくはねーけど、今は急ぐンだろ?」

「そ、そうだわ! 早くイオン様のところへ行かなければならないもの」



ティアが頷き、仲間達も揃って教会内に入った。それからアニスが得意げに口を開いた。



「さーて、ここからは導師守護役のアニスちゃんにお任せ♪」

「元、だろ?」



ルークが揶揄うようにそう言うと、アニスは途端に頬を膨らませた。



「ぶーぶー! “元”だけど、ちゃんとイオン様のお部屋に続く譜陣を発動する呪文は知ってるもーん」

「では、アニスにお任せしましょうか。周りに神託の盾兵もいませんし、詠師トリトハイムも奥へ行ったようです…………行きましょう」



ジェイドの言葉に辺りへの警戒はそのままに足早にイオンの部屋へと続く道を行こうとして、グレイはふと足を止めた。



「…………?」

「グレイ? どうしたの?」



タリスが彼の様子に気が付き、声をかける。グレイの視線は一番奥にある礼拝堂へと続く扉へと向けられていた。
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