A requiem to give to you
- 馳せる追想、奏でる回顧・後編(10/10) -



前にも言われた事のあるそれにレジウィーダは”イオン”を見上げた。その顔を見た”イオン”は手を外し、今度は隠しもせずに笑った。



「はは、ひっどい顔」

「うる、さいな……仕方、ないじゃん」



人前で……いや、人前でなくとも、こんなにも泣いた事などなかった。

しかし一度溢れてしまった涙を、感情を抑える事が出来ない。だって、やった事がないのだから。



「でも、今の方がよっぽど良いと思う」

「趣味悪すぎなんだけど……」

「そう言う意味じゃないよ」



ズズ、と鼻を啜りながらジト目で言うと”イオン”は首を振る。



「そのくらい素直になれるのなら、この先も大丈夫だろうって事」

「この先って……」



この先、とはどこまでを指すのだろうか。そう思った時、気持ちが沈みそうになる。

それに気付いた”イオン”はポケットからハンカチを取り出すと、乱雑にレジウィーダの顔に押し付けた。



「ぶ、……!?」

「今は、後ろを向いていても構わないよ」



押し付けられたそのままに顔を拭かれる。言葉を紡ぐ彼の顔は、ハンカチが視界を遮っている為にわからない。



「だけど、貴女に暗闇は似合わない。だから……必ず帰ってきて」

「……イ、オン?」

「貴女は煩いくらいが、丁度良いんだ。その明るさが、”僕”達の道標になるから」



そっとハンカチが退かされる。そこにあった顔は、少しだけあどけなさは抜けたものの………最期に見た、少年の笑顔と同じだった。



「イオン、」

「君は………僕に大切な事を思い出させてくれた、大事な友達だ。だからこそ、その友達が悲しんでいるのは嫌なんだ」



だから、



「君は君らしくさ。歩みを止めずに進み続けてよ───」






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「こりゃあ一体何事だよ……」



来た時には見えなかった月が上り、大分夜も更けてきた頃。この場所へとやってきたトゥナロは目の前の状況に驚きを隠せなかった。

トゥナロの呟きを聞き取った”イオン”は座り込んだまま振り向き、口元に人差し指を当てた。



「漸く落ち着いたんだから、静かにしてよね」



そう言って”イオン”は己の膝の上にある紅色を見る。赤く腫れ、涙の跡が残るその目は閉じられ、静かな寝息を立てているその存在にトゥナロは何とも言い難そうに口を閉ざすと説明を求めるように”イオン”を見上げる。

それに”イオン”は肩を竦めた。



「別にやましい事もなければ、虐めた訳でもないから。ただちょっと、友達のお悩み相談を受けていたら……思った以上に白熱しちゃったってだけ」

「お前がお悩み相談、ねェ」

「近過ぎると逆に言えない事って、あるでしょ」



“僕”もそうだったし。

そう自嘲するように吐き出された言葉にトゥナロはフンと鼻を鳴らした。それから眠っているレジウィーダの顔を覗き込む。

陸也だった頃の記憶を持ってしても見た事がないくらいに目元を腫らしたその様相を少しだけ痛々しく感じるも、その顔色は教会の彼女の自室で別れた時よりも幾分かは良くなっているようにも見え人知れず安堵の息を吐く。



「少しは吐き出せたのか?」

「詳しい事情までは教えてくれなかったけど……そうだね。少なくとも、彼女自身が自分の気持ちに気付くくらいには言いたい事は言えたんじゃない?」



本当はちゃんと立ち直らせてあげたかったけど、そこまでは無理だった。

そう言って眉を下げた”イオン”にトゥナロは首を横に振った。



「寧ろ、そこまでいければ上々だ。……悪かったな、助かった」



素直にお礼を述べれば、”イオン”は楽しそうに笑った。



「こちらこそ。久し振りに”この姿”で彼女と会えて、話が出来て良かったよ。……アリエッタの方も、アンタが見ていてくれたお陰でバレずに済んだ」

「これに関しては完全に偶然だけどな」



いきなりアリエッタに押し付けられた事には驚いたが、レジウィーダは意図していなかったとは言え今回の場合はある意味ラッキーだったと言えよう。

それから”イオン”は「さてと」と一つ息を吐くと起きる気配のないレジウィーダをそっと地面に横たわらせると立ち上がった。



「迎えも来た事だし、僕はそろそろ戻るよ」

「いや、オレの今の姿でこれをどうしろって言うんだ」



今の自分は人に抱き上げられるレベルの仔ライガだ。眠っている人間を運ぶことなど到底出来るわけがない。かと言って、暖かく柔らかい草が生えた場所とは言えこのまま地面に寝かせておくのもどうなのだろうか。

そう思って”イオン”に訴えかけるように言うと、彼はニヤリと生前よく見せていた人の悪い笑みで返した。



「起こせば良いじゃん」

「鬼かテメェ」



間髪入れずに突っ込むが”イオン”はどこ吹く風で、しかもどこから出したのか白いローブを広げると徐に羽織り始めた。

前のホックを留め、フードに手をかけたところで「あ」と声を上げてトゥナロを見た。



「でも起こすなら、ちゃんと僕が行ってからにしてよね」

「は?」

「だって、そうすれば………















今日会った“僕”は彼女の中で夢になるだろう?」



まだ、正体がバレるわけにはいかないからね。

そう言って悪戯を仕掛けた子供のように笑った”イオン”は目元が隠れるほど深くフードを被る。そこから覗く口元はやはり楽しそうで、トゥナロは呆れたように「お前な……」と項垂れた。



「………わーったよ。いつまでもここにいさせる訳にもいかねーンだから、行くならさっさと行け」

「ふふ、そうする。……それじゃあ、またね。トゥナロ」



最後にもう一度笑うと”イオン”は踵を返す。その背にトゥナロも小さく言った。



「また明日な
















クリフ」



その声はあまりにも小さくて、誰の耳にも入る事なく風に乗って消えていった。











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