A requiem to give to you
- 馳せる追想、奏でる回顧・後編(9/10) -



でも、



「人は事実を目の当たりにしないと、到底その裏にある事なんて気付かないんだ。だから、仕方ないよ」



そう、仕方がないこと。況してや大して興味のない者の事情なんて、知る所ではない。

───でもやっぱり、嫌なものは嫌だった。



「悔しいよ。こっちの事を何も知らない癖に好き勝手言われるのも、相手を納得出来るだけの結果を出せない事実にも。そして何より…………ずっと皆に守ってもらっていた事に気付きもしない自分にすっごく腹が立つ」



だけどね、



「すごく、嬉しかったんだ」



大切だと言ってくれた言葉も

大好きだと笑ってくれた笑顔も

同じ時間を過ごしたいと、伸ばしてくれた手も───



全部全部、しっかりとレジウィーダの心に届いていた。



「でも、それに応えちゃダメなんだ」

「どうして?」



“イオン”の問いにレジウィーダは膝を抱えて俯く。



「……あたしは、やらなきゃいけない約束があるから。その為には、皆とずっと一緒にはいられない」



だって願ったら、認めたら、後がきっと辛い。

皆が己を大切に思っているのがわかっているからこそ、そしてレジウィーダ自身が、皆を大切に思っているからこそ………余計に辛くなることは想像に難くない。



先日見た、心からのアイツの笑顔。今ある記憶の中には存在しない、ある意味初めて見たソレはレジウィーダの心を大いに揺るがせた。

何を考えているのかわかり辛くて、楽しい事がないのかと思えるほど仏頂面ばかり。浮かべる笑みは人を食ったようなモノだったり、己と同じ……何かを諦めたようなモノばかりだったから、すごく驚いたのを覚えている。

でもそれが、己が引き出せたのだと思った時、言い知れぬ高揚感を得た。───だけど素直に喜んではいけないと心がブレーキをかけた。

目的を忘れるな、とそう言い聞かせて感情を押し込んだのだった。



「いっその事、嫌ってほしかったな。なーんで、四人で喚ばれちゃったんだろう……」



こんな危機的な状況になったら、身内大好きなあの子達がこうなるに決まってるじゃん。

思わず自嘲が漏れる。一人であったのなら、何の気概もなくいられたのだろうか。



「だから、じゃないですか?」

「え?」



レジウィーダは顔を上げ”イオン”を見て首を傾げた。



「偶々って事はないと思います。だとしたら、貴女の為なんだと僕は思いますよ」

「どういう、こと?」

「”貴女”が消えない為に、とかね」



“イオン”はそう言って微笑むと、彼女の記憶にあるよりも少しだけ大きくなった手をレジウィーダの頭にそっと乗せた。



「レジウィーダ、最後にこれだけ聞かせて。勿論、誰にも言いません」

「…………?」

「貴女は、どんな未来を夢見ますか?」



未来。今はもういない、そして記憶にもない名前だけ知っている兄の名と同じ単語。

そしてそれは、レジウィーダが望めないモノ。



「あ、……たし、は………」



少しずつ、ぼやけてきた視界と、まるで宥めるように優しい手付きで頭を撫でてくる手の心地良さに触発されたのだろうか。───今なら、言える気がする。

望めない、だけど夢見ることは…………今だけ、許してもらおう。



「、あたし……っ、は……………



















皆と、一緒に………大人になりたい」



同じ未来を、歩みたい。



「皆の事、大切だから………大好きだから、嫌いになんて…………なって、欲しくないよ。嫌われようとなんて、したくない……っ」



溢れる言葉、握った両手を濡らす滴る水。それに気付いた時、己が涙を流している事を自覚する。

だけどレジウィーダは己の中にあった思いを吐露する事を続けた。



「涙子が悪戯して、聖が溜め息を吐いて、…………陸也と、くだらない事で言い合って。お母さんに「おかえり」、って……言われて……それで、」



皆の顔と、いつの間にか、大好きになっていた日常が浮かぶ。

幼馴染み達、母親、そして───父の存在。



「お父さんに、「大きくなったね」って………言って、もらいたっ……い……」



叶わない夢【未来】。だけど過去にあの人が……父が失った夢【過去】を取り戻す為には、レジウィーダの《時空の魔術師》としての力が必要だった。

今はまだこの力は未完成。だけど、それが成就した時、その世界には《日谷 宙》と言う存在はいなくなる。

だって───生まれる必要が、なくなるから。だからお別れが辛くなる前に、気持ちだけでも皆から離れなきゃいけない……そう、思っていた。



「無理、だよ…………出来ないって、こんなの……っ!」



離れるには、気持ちが近付き過ぎてしまった。せめて誰かが嫌っていてくれたなら、違ったのかも知れない。

しかし一緒にいる事を望まれている……その手を振り解く事が、出来そうにない。

嗚咽を上げ、苦しげに言葉を吐き続けていると、黙って頭を撫で続けていた”イオン”が小さく息を吐き、苦笑と共に口を開いた。



「……泣くほど痛いなら、妙な痩せ我慢はやめたら?」
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