A requiem to give to you
- 馳せる追想、奏でる回顧・後編(5/10) -



目の前に女性の一人が立つ。その手に持っていたバケツをレジウィーダの足元に落とすと「やだぁ」と嘲笑った。



「久し振りに見かけたと思ったら、早速また何かやらかしたのねぇ!」



確かにここにいた頃は散々やらかしてはいたが、これは違うだろ……と心の中で突っ込む。そんなレジウィーダの心境などお構いなしに別の女性も汚い物を見るような目線を寄越しながら口を開いた。



「イオン様が長旅の途中で会って連れてきたらしいわよ。あのアニスから乗り換えたって先輩たちも噂してたし……一年もどこかへ行っていたのにどうやってあの子を蹴落として取り入ったのかしらね?」

「そりゃあ、あの六神将の方々とも親密だったんですもの……体でも売って媚びを売ったんじゃないの?」

「確かにアニスよりはマシな体してそうだものねー!」



キャハハハ、と何が面白いのかわからないが楽しそうに笑う女性達。取り敢えずわかったのは、イオンやクリフの言葉の意味と……













自分の”あの境遇”がいかにレジウィーダ自身を守っていたのか、と言う事だった。

戦闘経験もないのに神託の盾に入った少女。しかも上層部と親しげに関わっている、だなんて普通に考えておかしい事だ。事情を知っているのならともかく、この教団だって決して人は少なくはない。全ての人に事情なんて説明出来る筈もない。

軍事学校に入るとか、一から事を進めている時間もない。しかしなるべく高い位置にいた方が、遥かに安全なのは確かだ。

その為に捏ねに捏ねて、使える物を全て使っていっそ理不尽とも思える状況を作り出したグレイの心境を、この時嫌でも理解してしまった。



(本当に、)



あの状況は外の世界からだけでなく、何よりもレジウィーダ自身に降りかかるであろう身近な敵から彼女を守る為の物だったのだと、わからないほどレジウィーダも鈍くはなかったのだ。



(どこまでも…………嫌なヤツ)



彼の考える事はわからない。嫌いなら、嫌いなままで良いのに……どうしてこうもするのか。

どうして素直に大切なモノの側にいようとしないのか、レジウィーダにはそこだけは理解が出来なかった………いや、理解をしたくないのかも知れない。



(……それよりも)



別に今自分が受けているこの状況自体には腹は立たない。実に人間らしい嫉妬ではないか。自分では叶わない事を理由にその憤りをぶつけてくる。

そんな人らに事情を説明したり、相手にするだけ無駄なのだ。だから素直に流してしまえば良い。

───だけど一つだけ、見逃せない事がある。



「あのさ」



そう言って立ち上がり、女性達を見る。彼女達は笑いを止め、訝しげにレジウィーダを見た。



「あたしは別に何を言われても構わないんだけど、アニスやイオン様を貶めるような発言は………ダメじゃない?」

「は、はあ? 何よ急に」

「事実無根。根拠のない事実に脚色して盛り上がるのは結構。だけどそれで本人らに迷惑をかけるのは違うよ。あたしより年上の癖に、そんな事もわからないの?」



しかも目の前の女性は戦闘兵ではない。格好から見て恐らく導師守護役だと思われる。他にも同じような格好の者もいるし、アニスの事を貶している事から、彼女にも同様の事をしていた可能性がある。

レジウィーダの煽りとも言える発言に目の前の女性は真っ赤になって眉を吊り上げた。



「おい、発言には気をつけな。年下なら年下らしく、先輩を敬ったらどうなんだい?」



先程までの猫撫で声はログアウトしたらしい。急にドスの効いたそれに変わった女性は右手を振り上げた。どうやら暴力で訴える方向に変えたようだ。

しかしレジウィーダはそんな女性の素振りに恐れる事もなく平然と返した。



「仲間を貶すような人、先輩だなんて思ったこともないよ。それにその言葉……















めっちゃブーメランでウケる」

「っ、この…………!!」



ついにキレた女性が手を振り下ろした、が───












「何をしているんですか?」



誰もが聞き覚えのある声が響いた。まさかの第三者にレジウィーダは驚きに目を瞠った。

そしてこれには女性も驚いたらしく、あと数センチでレジウィーダの頬へと入りそうだった手がピタリと止まり、慌てて声の主を振り向いた。



「イ、イオン様!?」



そう、声の主はこの教団の最高指導者である導師イオンだった。

ダアトについてから別れたとは言え、帰ってくる場所自体は同じなのだから、会わないなんて事は確かにないのだろうが……あまり嬉しくないタイミングだった。

イオンは困惑するこの場に近付くと女性達を見渡し、最後に目の前の女性とレジウィーダを見てから顎に手を当てて「おかしいですね」と首を傾げた。



「僕は先程教団と騎士団の両団に命令を下した筈なのですが、どうしてこんな事になっているのでしょう?」

「あ、あのそれは……」



戸惑う女性達にイオンは「あ、もしかして」と手を叩いた。



「隊長から報告が降りて来てませんでしたか? それなら仕方がないですね」

「え」

「そ、そうなんですよ! 私たちもついさっき戻ってきたばかりで……!」



と、あからさまに安堵する女性達。それよりも本当に仕方がないで良いのかと固まるレジウィーダを他所にイオンはそんな女性の発言に彼女達に微笑みかけた。
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