A requiem to give to you- 馳せる追想、奏でる回顧・後編(4/10) -
「私も用事があるので、これで失礼しますね」
「あ、うん。急に呼び込んじゃってごめんよ」
レジウィーダが謝ると、クリフはフードから覗く口元を緩ませた。
「いえ、こちらもとても楽しめましたので………それより、良かったですね」
「え?」
言われた事の意味がわからずにクリフを見る。しかし答える気はないのか、彼は踵を返すと扉の取手に手をかけた。
「ここが貴女にとって安心出来る場所かどうかはわかりませんが、一度周りを見直すには良い機会かも知れませんね」
それだけ言うと今度こそクリフは部屋を出て行ってしまった。
結局彼の言いたい事がわからないままでいると、シンクは大きな溜め息を吐いて彼も部屋を後にすべく歩き出す。
「アホな命令とは言えウチのトップから出ている以上、ボク達も一時休戦を余儀なくされた。今日のところはボクも帰るよ」
「あ、ちょっと待ってシンク」
そう言って彼を引き止めると、レジウィーダはシンクの前に立つ。今までの経験からか、明らかに警戒している様子に思わず笑ってしまった。
「そんなに警戒しないでよ。もう、嫌がる事はしないからさ」
「は? 急にどんな心境変化さ?」
「別に急なつもりもないんだけどさ……でも、これ以上はもう良いかなって」
これ以上踏み込むと、離れ難くなっちゃうから。
「それって、もうここ《オールドラント》の事はどうでも良いってこと?」
シンクは訝しげに問う。それにレジウィーダは首を横に振った。
「あたしのやりたい事は変わってないよ。皆が笑顔であってほしい。ルーク達も、アリエッタやクリフ、イオン君も……そしてシンクも。だからヴァンの目的は阻止する」
それに、とレジウィーダは続けた。
「預言だって、直ぐには無理でも必ず離れる時は来る。人が自らの手で歩む未来を描けるように………この世界の人たちには、大切な人や存在といつまでも長く過ごして欲しい」
でもそこに自分はいてはいけない。己には他にやるべき事があるのだから。
一年前にダアトを出たが、本当はもっともっと早く出ていきたかった。グレイが色々と手を回してくれたお陰でこの街に一年も縛られてしまい、殆ど外部とも接触出来ずにいたのが本当に歯痒かったのを覚えている。
外の世界は危険が一杯。魔物だって彷徨く様な世の中だ。それを危惧しての事なのだろうが、正直それは余計なお世話だった。
もっと早く動けていたら、出来た事もあったのかも知れない。過ぎた事だが、そう思うと未だに憤りを感じる時がある。
「シンク、まだ世界は憎い?」
ふと、思ったことを訪ねてみた。
「それは………アンタなら、ボクやヴァンを見ていればわかるだろ?」
皮肉げに歪められた口元。彼の生まれを考えれば、確かにわからなくはない。
だけど、
「あたしは、君が初めてこの手を取ってくれた日の事を覚えてるよ」
生きたい、とそう言って伸ばされた手。必要がないと廃棄されかけた彼が、初めて持った生への希望。
レジウィーダは放っておけなかった。同情でも憐れみでもない。
ただ、眩しかったのだ。
「君はあたしには出来ない選択をしたんだ」
「選択?」
うん、と小さく頷く。
「未来を歩むと言う選択」
そう、これは自分は決して選んではいけない道。この世界でも、元の世界でも……そう。
大切な人が幸せになる為には、選べない。だからこそこれ以上は深く踏み込んでいけないのだと、己に言い聞かせる。
これがエゴなのは理解していた。だけど、自分には出来ない選択をした目の前の存在には、絶対に後悔をしてほしくはなかった。
「シンク。今は全ての事が憎いだろうし、辛いと思う。だけどあたしは、君があの時の選択をして良かったって思えるように頑張るから。だから……」
絶対に、生きる事を諦めないで。
それは切実な願いであった。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
それから彼の返事を待つ事なく、いや寧ろ聞くのが怖かったのかも知れない。部屋を出ようとしたシンクよりも先に自室を後にしたレジウィーダは足速に教会内を歩いていた。
目的地は特に決まっていなかったが、ふとある場所を思い出す。……今はいない、友達の眠る場所を。
少し前に来た時は時間も無かった為立ち寄れなかったが、折角イオンが時間を作ってくれたのだ。久し振りに行ってみようと一年前と変わらぬ道を迷わずに進んでいく。
何も考えたくなかったから、無心で前だけを見ていたのが悪かったのか。不意に足元に伸ばされた何かに気付かなかった。
「え……?」
回る視界。突然の事に受け身も取れずに固い床と挨拶をした。それから、後から来るであろう痛みを感じるよりも前に襲ったのは冷たさだった。
状況が飲み込めず、己に起きた事態を考えようと頭を動かす。
床に倒れた己の体、その場を濡らす大量の水。頭から全身を襲った冷たさは恐らくこれだろう。音素が集まる感じがなかった事から、譜術ではない。
転ばされ、水をかけられたのだと言うことは直ぐに理解出来た。
取り敢えず体を起こし膝立ちになったところで、周りから小さな笑い声がする事に気が付いた。
クスクス、クスクス……
成程、と状況を把握したと同時に現れたのは、己と同じ神託の盾の服を身に纏う複数人の女性だった。
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