The symphony of black wind
- 紅蓮の牙と処刑台・前編(3/4) -

広場に響いたその声に、人々の中に変化が起こった。



「……神子様?」

「あれが、神子様なのか?」

「神子様が、我らに力を貸して下さるのか!?」



人々の顔は絶望から希望へと変わり、今まで怯えて見ているだけだった者達は次々と手近にあった武器を手にディザイアンに詰め寄った。
それには流石に旗色が悪いと感じたのか、マグニスは蟀谷(こめかみ)に青筋を浮かべて拳を震わせたのだった。



「お、おのれ……この豚共がっ!」



その時、総督府へと続く港の方から汽笛の音が響いてきた。



「蒸気船だ!」

「ドア総督が戻られたぞ!」



誰かがそう叫ぶと、人々は更に活気付き、ディザイアンを端へ端へと追い詰めていく。



「退くが良い、マグニス」



クラトスは剣を構えながら静かに言った。



「それとも、これだけの人間を相手にさらに間引くつもりか?」

「ぐぬぬぬ……っ、ええい! 引き上げだ!!」



マグニスは部下に向かってそう命じると、光と共にその場から消え去った。残された部下たちもその命に従い、次々と撤退していった。
やがて広場の中心には処刑されそうになった女性とその娘、そしてロイド達だけとなり、周りからは歓声が上がった。



「お母さん!!」

「ああ、ショコラ……!」



解放された女性は娘、ショコラを強く抱きしめ、涙を流した。
ロイドは双剣を鞘に収めて「良かったな」と笑った。



「ありがとうございます、神子様と……お供の方たち。お母さんまで殺されていたら、わたし………本当にありがとうございました!」



ショコラはロイド達を振り返って深く頭を下げて礼を述べた。しかしロイド達は彼女の言葉に引っ掛かりを覚え、「お母さんまでって……?」と聞き返した。すると、ショコラの母親であるカカオが口を開いた。



「わたしの夫は、パルマコスタ義勇軍に参加してディザイアンと戦い、戦死したのです。その上、母……この子の祖母も、どこかの牧場へと連行されて……」

「そうでしたか……」



カカオの説明にミライが悲痛な面持ちで頷くと、ショコラは憎々しげに眦を上げた。



「奴らは悪魔よ! もしお祖母ちゃんが死んだりしてたら……わたし、絶対にディザイアンを許さない! 絶対にこの手で復讐してやるわ! どうせ……マーテル様は眠ったままで何もしてくれないんだから!」

「ショコラ! 神子様の前で何て事を!!」

「あ………ご、ごめんなさい」

「申し訳ありません。この子はお祖母ちゃん子だったものですから……」



慌てて謝罪する二人に、コレットは優しく微笑んで首を振った。



「わたしがきっと旅を成功させて、ディザイアンを封印します。そうしたらきっと、お祖母ちゃんも返ってくるよ。だから……祈っていて下さい」

「はい!」



コレットの言葉に、ショコラは満面の笑みを浮かべて頷いた。



「家族を失う悲しみ、か。……変な方向に拗れなきゃ良いけどな」

「そうならない為にも、私達は旅を急がなくてはいけないわ」



小さく呟いた言葉に返ってきたリフィルの声に、ミライは「そうだな」と頷いた。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







―――ハコネシア峠へと続く街道沿いにある救いの小屋にて、ロイド達は頭を抱えていた。



「なんてこった……」

「もう、何で人ってこう……強欲なんだよ」

「………………」



ロイドとジーニアスはそう言って項垂れ、コレットは悲しげに俯く。クラトスは無言で何かを思考し、リフィルはこれまでの度重なるトラブルによるストレスでどことなく不機嫌そうだった。

彼らがこうなっている原因は、先のパルマコスタでの出来事まで遡る……。

パルマコスタ総督府へ、再生の書を見せてもらう為にミライ達はドアの元を訪ねた。しかしコレットが神子だと名乗った瞬間、突然彼らは殺気立ち「神子様の名を騙る不届き者!」と言って武器を向けてきた。
それに驚いて尻餅をついたコレットが天使の羽を出現させたことで彼らの誤解を解くことが出来たのだが、事態は非常によろしくない事になっていた。
なんと、再生の書はコレット達が来る前に訪ねてきた「神子」と名乗る一団に譲り渡してしまったのだと言う。
ドアはコレット達に平謝りをしつつ、恐らくハコネシア峠に住む蒐集家へ売った可能性があると伝えた。彼は歴史ある物を集めており、前々から多額の金を持ち寄っては売って欲しいと来ていたらしい。そしてそれはパルマコスタではなかなか有名な話でもあり、どこからか話を聞いた者が彼に売り渡してもおかしくはない話なのだと言った。
それからミライ達は急ぎ足でハコネシア峠まで向かい、例の蒐集家……コットンを訪ねた。ドアの推測通り、偽神子の一団は彼に再生の書を多額の金と引き換えに売り渡していた。
早速事情を説明し、再生の書の閲覧を頼み込んだが、コットンはタダで見せるわけにはいかないと頑なにその要望を拒否されてしまった。見せてもらう為には交換条件として救いの小屋にあるスピリチュアル像を持ってくるように言われ、渋々と救いの小屋へと来た。
しかし、ここでもまたトラブルがあり、救いの小屋にいる祭司が像を持ってソダ地方へと旅業へ行った際に無くしてしまったのだと言う。
それには流石にミライ達は言葉を無くし、悩みに悩んで現在に至るのだった……。

.
/
<< Back
- ナノ -