A requiem to give to you
- 国境の砦(8/11) -



「お、俺を殺すのかよっ……」



ルークが顔を蒼白させて後退るとグレイは躊躇なくその足元に音素弾を撃ち込んだ。すると面白いくらいに震え上がる。



「動けば、な」



過ぎる恐怖は相手を動けなくする。きっと自分は未だ嘗てない程に嫌な顔をしているのかも知れない。少し癪だが、逃げられるよりはずっとマシだった。

グレイはルークの目の前に来ると、彼の顔の前に手を翳した。別に殺すつもりもなければ、傷付けるつもりもない。そう、ただ……



「ちょっと眠ってもらうぜ」



今聞いた事、見た事は全部夢だ。少し恐い夢。だから次に目が覚めた時には、いつもの世界がある。だから今はまだ……安息の眠りを。



「"トロイメライ"」



施錠、とルークの額を掴みながら小さく呟く。すると一瞬だけ彼を光が包み込み、次の瞬間にはルークが地面に横たわっていた。その表情はとても安らかで、静かな寝息を立てている。



「これで良し、かな」

「今の力は?」



黙ったまま成り行きを見守っていたヴァンが近寄りながら問うて来た。グレイは深い眠りについてしまったルークを背負いながら答えた。



「オレの"例の裏技"が出来る事の一つだよ。……この力は、夢【記憶】を操る物らしい」



対象人物の夢を覗いたり、入り込んだり、もしくはそこに少しならば干渉を加える事も出来る。その一つが、夢【記憶】の施錠【封印】だった。



「ならばルークに先程の記憶は……」

「覚えてねーよ。オレが術を解除しない限りはな」



だから次に起きた時はケロッとしてるだろうさ。そう言えば漸くヴァンの顔に安堵の色が浮かび上がった。



「そうか」

「そうだよ………と、にしてもコイツ結構重いな」



余程良い物食ってンだな、なんて呟きながら背中のお坊ちゃんを抱え直すと、元来た道を歩き出した。



「ンじゃ、オレは他の奴らに怪しまれる前にコイツ連れて戻るからな。あんたもさっさと軍港行って手配済ましとけよ!」

「ああ」



一つ頷くヴァンの気配を背にグレイは振り返らずにカイツールの宿へと戻っていった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「…………………」



グレイとルークを見送ると、辺りは夜の静寂に包まれる。ヴァンの手には未だに鞘から抜かれたままの片刃の剣が握られていた。

そしてふと、呟いた。



「約束、か」



グレイの幼馴染み達の身の安全を保証するのと引き換えに計画に協力してもらうとした契約。彼らは次元を超えるなどと言うとんでもない事をして来た者達だ。しかもあの忌々しい預言に縛られず、存在すらないしない世界から来たのだと言う。これを利用しない手はなかった。

計画はとてつもなく甚大だ。少しでも成功の可能性を上げるのならば、駒は多い方が良い。そして一度手中に入れたのならば、利用価値が高いモノほど手放すのは惜しい。その為ならば、



「"約束"を破ってでも、繋ぎ留めて見せようぞ─────そこだ!!」



ある一辺に向けて勢い良く斬り掛かる。すると何かが大きく飛躍し、それは鋭くヴァンに向かって降りてきた。



「甘い!!」



ヴァンは後ろに飛んでソレを避けると魔神拳を放った。何かはそれを相殺するように獅子のような鋭い闘気を放ち、彼と対峙した。



「グレイは気付かなかったようだが、私までは欺けなかったな」



フッと短く笑いながら言えば、彼と対峙する者は内心の焦りを隠すように同じ笑みを浮かべる。



「そうかも。……これでもルークの気配に上手く紛れてるとも思ったんだけどなぁ」



失敗失敗、と軽口を叩くも構えは解かない。ヴァンももう一度剣を構えると再び相手に斬り掛かった。



「何も知らねば良かったものを!!」

「それこそ"約束"だから、いつまでも知らないなんて……出来ないんだよ!!」



絶望の中にも僅かな希望を見出した、小さな少年との約束。ソレを果たす為にも、ただのうのうとしている訳にもいかないんだ、と。ヴァンの攻撃を避けながら相手は叫ぶ。時々彼の剣に掠めて切れる闇色に染まった髪が月明かりを浴びて紅色の光を帯びるのも気にせず、秘密を知った少女は林を抜け出そうと駆け出した。



「それが貴様の命取りだ、レジウィーダ!!」


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