A requiem to give to you
- 国境の砦(3/11) -



「退け、私はお前にこのような命令はしていない」



ヴァンの言葉にアッシュは苦々しげに舌打ちをすると大きく飛躍し、この場を去った。幸い、彼は皆から背を向けていたし、ルークもレジウィーダやヴァンがいた事でアッシュの顔を見る事はなく余計な混乱が起こる事だけは避けられた。

ヴァンは抜いていた剣を鞘に納めるとルークを振り返った。



「師匠!」

「ルーク、今の避け方は少々無様だったな」

「ちぇ、会って早々そりゃねぇぜ」



師としての言葉にルークは唇を尖らせてむくれた。しかし決して不機嫌になったと言う訳ではないようで、憧れの師との再会を嬉しがるのを隠そうとしているようにも見えた。事実、その後に続いた「筋は良かった」と誉められた彼は年相応に笑っていたのだ。



(いつもこの位笑ってれば良いのに)



そんな事を思いながらも苦笑していると、不意にヴァンがこちらを見た。



「レジウィーダ、ルークを守ってくれた事、感謝する」

「別にそんなに堅く言わなくても。あたしはただ友達を守っただけだから」

「フッ、そうか。ルークも良い友達を持ったものだな」



優しく微笑みながらヴァンがそう言うと、ルークは途端に顔を真っ赤にして首を横に振った。



「そ、そんな事ねぇって!」

「あ、それ微妙に傷付く」



照れ隠しだと言うのはわかってはいるけど、そんなあからさまに言われても……とハンカチを手に悲しそうにするとルークは目に見えて焦りだした。それが面白くてもう少しからかおうとしたが、ヴァンに向かってナイフを構えたティアによってそれは失敗に終わった。



「ヴァン……!」

「ティア、お前は何か誤解をしている」



ヴァンは特に取り乱す事冷静に言う。ティアは方眉を上げて訝しげに見つめ返した。



「誤解?」

「頭を冷やせ。そして私の話を落ち着いて聞く気になったら宿まで来ると良い」



そう言ってからヴァンはイオンに一礼をして宿の方へと歩いていった。今ならその手に持つナイフを投げる事も出来ただろう。しかし、ティアは暫し兄の背を見つめてはゆっくりと腕を下ろしたのだった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







暫くしてから宿へ入ったルーク達はヴァンへの事情説明や情報交換、六神将やモースについての話し合いなどが行われた。途中、ダアト内で起きている派閥争いの話などが入ってきて一悶着もあったが、取り敢えずは落ち着いた。また、旅券についてはヴァンが余分に持ってきていた為、丁度人数分に足りた。それから直ぐにヴァンはケセドニアへと向かう船の手配をすると言い、先にカイツール軍港へ行くと言う事で話は終わったのだった。

今日はマルクト側の宿にそのまま泊まることになり、明日貰った旅券を使って国境を越える事に決めたルーク達は各自自由に過ごす事となった。そして……



「"予備を合わせれば足りる"って、随分と都合が良いじゃねーか」



散歩へ行くと告げ、カイツールの少し外れた所にある林へと来たグレイは先に来ていた人物へと皮肉めいた笑みを浮かべて言った。



「それに、何が"六神将は私の部下だが今回の事は知らなかった"だ。ちゃっかり浚った導師を利用してた奴がよく言うぜ」

「怒っているのか?」

「別に怒っちゃいねーよ。ただ、」



オレからしたら平然と嘘八百並べるアンタが酷く滑稽だっただけだよ、ヴァン。

クッと笑いながら目の前の男……ヴァンを見れば、彼は無感情のまま「全てではない」とだけ返した。



「ああ、そうか。確かに"全部"じゃねーな。アッシュが何してるかわかってなかったもンな」

「……………」



それにヴァンは微かに押し黙る。その様子を表面上は面白そうに見ていたグレイだったが、その目には確かな怒りが窺えた。


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