A requiem to give to you- スウィーツとヒーロー(5/9) -
バチカルは縦にそれはそれは長い街だ。その長い街の最上階から降りてきたが、まだ街の出口のある階までは高さがかなりある。
ヒースは恐る恐る下を見た。当然ながら、足場はない。しかもいつの間にかフィーナの姿は消えていて、唯一の支えをも失ったヒースの身体は重力に逆らう事なく落下した。
「あ、言い忘れていましたが」
不意にそんな声が上から聞こえた。
「"力"は使わないで下さいね。あの人に会えなくなりますから」
それでは行ってらっしゃいませ。その声を最後に、ヒースの目に映る世界がガラリと変わった。
「…………!?」
暗いクレーターの底は消え、何もない空間にヒースは立っていた。
「なんだ……これは……」
ここは一体どこなんだ。実はもう既に死んであの世にでも来てしまったのだろうか。そこまで考えてからヒースは首を振ってその考えを否定した。ここに来る直前のフィーナの言葉からすると、少なくともあの世と言う事はない。だとすれば……
「ここに……あの人とやらがいるのか?」
「誰だ貴様」
不意に背後からかけられた警戒を露わにした声に慌てて振り返る。すると相手は驚いたような顔をした……が、しかしその相手よりもヒースの方が更なる驚愕を見せたのだった。
「な………お前、は………───?」
そう言ってから思わず名前を呟くと相手は一瞬だけ目を見張るが、直ぐにそれは消えて緩く首を振った。
「残念だがそれは違う。お前の知ってるソレは"こんな姿"をしていないだろう?」
と、意地が悪そうな顔で彼は笑う。
「姿って……でもお前は……」
「それより、どうやってこの場所に来た?」
ヒースの言葉を遮り、彼は問い掛けた。
「……。どうって……それは僕にもわからないよ。ただ、フィーナさんが僕を元同僚に会わせるとか言って、バチカルの街から落とされた所までしか覚えてない」
不機嫌そうにそう答える。一方、相手は彼から上がった名前にどことなく納得したようだった。
「ああ、あの女か。……あいつ今バチカルにいたのか」
「……と、言う事はやっぱりお前がフィーナさんの言ってた……?」
「確かにあの女とは同僚だったな。かなり前の話だが………まぁ、それは今は良い」
それよりも、と相手は前置きをする。
「オレはトゥナロ。第七音素意識集合体として教団が始祖ユリア、そして預言と共に信仰するローレライの使者だ」
「ローレライの……使者!?」
第七音素意識集合体、ローレライ。それは世間一般としては"いるかも知れない"と言われている。……が、元々ヒースは意識集合体との意志疎通が出来る為、その存在が実在している事自体は知っていた。だが、他の意識集合体(主に第三音素の奴)の話によると、存在はしているがどこにいるのかはわからないのだと言う話を聞いた事がある。
「他の意識集合体共が感知出来ないのも無理もない。アイツは今、宇宙の音素層にいる奴らではとても手の届き難い所にいるからな」
「……声に出てたか?」
何故考えがわかった、と言う意味を含ませて問うとトゥナロは「違う」と否定した。
「ここはそう言う場所なんだよ。ここには、"意識【タマシイ】"さえあればコトバだって躯(からだ)だっていらない。……現に今、お前の実体はないみたいだしな」
そう言われて思わず視線を己の手足に降ろすと、確かに少し透けていた。だが、目の前の男は透けてなどいない。つまりは必要がないだけであって、持ち込めないと言う訳ではないようだ。
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