A requiem to give to you
- 崩落への序曲(10/13) -



ギリギリの所で躱し、距離を置いて攻撃を仕掛けた者を見た。自分と同じ黒い瞳は今まで以上に生気が満ち溢れていた……が、しかし向けられる視線は様々な負の気に染まっていた。



「フィリアム……!」

「……どうやら、間に合わなかったようだな」



そんな声が聞こえ、振り返った。そこには無傷のヴァンと、自由に動いているフィーナの姿があった。そして彼らの周りには、仲間の一人が使うような全ての攻撃を無効化する薄い膜が覆っていた。

レジウィーダは漸く、彼女に抱いていた疑問の正体がわかった。



「アンタ……ユリアの子孫だったのか」



容姿、声。どことなく仲間の音律師と似ていると思っていた。そして彼女がユリアの譜歌による術を使った事によりはっきりした。

つまり彼女はヴァンと同じ……



「レジウィーダ!!」



今まで遠くで静かに状況を見守っていたイオンが叫んだ。直後、爆発が起きた。

何が起きたのか、理解するのに数秒かかった。気が付いた時には真っ青な顔をしたイオンが駆け寄ってきていて、レジウィーダの首にはフィリアムの手があった。

どうやらフィリアムの放った術によって吹き飛ばされ、そのまま捕まったらしい。彼の術の威力は先程より格段に上がっていた。───否、術だけじゃない。身体的能力も恐ろしい程上がっている。それだけ、彼の中の負の気の力は底知れないと言う事か。



「ぐっ……」



ギリギリと彼の指先に力が篭る。高く上げられている為、足が地面についてない。

意識だけは放してはいけないと、意地でレジウィーダはフィリアムを見た。



「フィリ、アム……」

「良い様だな」

「!?」



突然喋り出したフィリアムの口元は怪しく吊り上っていた。彼はこんな表情も出来たのか、と思考の端で思ってしまうくらい不思議な感覚だった。



「どうやら成功のようですね」



そんなフィーナの声が聞こえた。



「ど、どう言う事……だ? 何が、一体何がどうなってんだよ!?」



事態について行けないルークが混乱気味に問うが、誰も答えなかった。



「これ以上時間をかけている暇はないぞ」

「わかっています。───フィリアム」



ヴァンの言葉にフィーナは目を細めた。そのままフィリアムを向き、彼に命じた。



「彼女を殺しなさい」



それにフィリアムは笑みを深めてレジウィーダを見上げた。



「だってさ……………じゃあな」



その言葉と共に、首にあるフィリアムの手元に音素が収束し始めた。イオンが「やめてください!」とフィリアムの腕を掴むが、びくともしない。



「早く……来いよな……」



ポツリと呟いたそれは、誰に向けた物だったのだろうか。それは自分でもわからなかった。



ヒース?

タリス?

ジェイドやティア達?

それとも……























「よう、随分とすっげー事になってンじゃねーかよ」



そんな声が聞こえ、全員が声の主を振り返った。それと同時に、フィリアムの頬を何かが掠り、彼は思わず指の力を緩めた。



「グレイ……」



誰かがそう呟くのが聞こえ、レジウィーダはハッとしてフィリアムを振り解き、イオンを抱えて下がった。

グレイは構えていた譜業銃を片手に軽やかなステップで両者の間に来た。そしてヴァンを向いて言った。



「アウトだぜ、ヴァン」



静かに言われたそれに、ヴァンはわかっていたかのようにフッと笑った。



「そうだな……」

「オレあの時言ったよな。『何があってもオレの幼馴染み達に手を出さない事』って。それが守られている間はオレはあんたの駒になる、とも」



どう言う事だか説明してみろよ。そう言った彼は無表情だが、声色に怒りが含まれているのは、この場にいた誰もが感じていた。



「お前は奴がここへ来る事を知っていたのか?」



ヴァンはグレイの質問に答えず、フィーナをチラリと見てグレイに問う。



「いいえ。でも……これだけ役者が揃っているのなら、来るとは思っていました」



そう言って首を振ったフィーナは、グレイを見て軽く会釈した。



「ダアトぶりですね」

「……その節はどうも。お陰で直ぐに船酔いも治ったっすよ」

「えぇ、本当に。お元気そうで何よりですわ」



会話だけなら微笑ましい再会だろう。しかしグレイは一度フィリアム達を見た後、殺気を込めて彼女を睨んだ。



「ンで? なーんであんたまでここにいるンすかね?」

「怒っています?」



ふわふわとこの場にそぐわぬ返答に、グレイはニヤリと笑みを返すと素早く持っていた譜銃を彼女に向けた。



「そんな事……ったりめェだろーが!!」



そんな怒号と共にグレイはフィーナ達の足元に乱射した。そして彼女達が怯んだ隙にレジウィーダ達の前に出た。

イオンがどこかホッとしたように彼を見た。



「グレイ!」

「導師、そいつの事を看てろ」

「は、はいっ。ですが……」



相手が悪すぎる。それはグレイも、そしてレジウィーダもわかっていた。それでも、だ。



「……オレは世界なんてどうでも良い。破滅しようが何だろうが。例え預言にどう読まれいても、オレはそんな"どうでも良いモノ"に命をかけたりするのなんて真っ平ごめんだ。………だけどな」



グレイはフィリアム、そしてレジウィーダを見た。



「オレは………オレにとってそんな"どうでも良いモノ"の中に存在する、僅かな"どうでも良くないモノ"には命だろうが魂だろうが、何だってかけてやる!!」

「………!」

「…………」



それにフィリアムは目を見開き、レジウィーダは黙って彼を見ていた。

だから、と言ってグレイは再び銃口をフィーナ達に向けた。



「このオレ様がそこまでやってやる程のモノをぶっ壊すような奴は……誰であろうと許さねェ!」



そう叫んだグレイは躊躇なく彼女の心臓目がけて引き金を引いた。しかしフィーナは飛んでくる銃弾を軽々と避けた。



「血の気の多い事ですね」

「はっ、レプリカに被験者を殺させるとかひん曲がったやり方するような奴に言われたかねーぜ!」



グレイはそう言いながらも休みなく彼女に向かって撃ち続ける。ルークは彼から出てきた単語を聞き逃さなかった。



「え……レプリカ?」



そう言ってルークは地面を見つめて動かないフィリアムを見た。



「喰らえやオラ!!」



グレイは銃にガーネットを填め込み、燃え上がる火炎弾を撃ち出した。それにフィーナは譜術で応戦した。



「聖なる刻印を刻め─────エクレールラルム!」

「ブラッティハウリング!!」

「げっ!?」



フィーナが譜術を放ったと同時にフィリアムも術を放った。それはグレイの撃ち出した火炎弾をも呑み込み、襲ってきた。

それに漸く動けるようになったレジウィーダも、能力を発動した。



「フレイムケージ!!」



周りを覆った炎の籠が術から自分達を守った……が、



ズキ……



「………ッ、く……そっ……!」

「レジウィーダ!?」



レジウィーダは何かに耐えるように自身の体を抱き、膝を着いた。それに気付いたイオンが慌てて彼女の身体を支えた。グレイはそんな彼女に怪訝そうに眉を寄せ、そして辺りを見渡して顔を更に顰めた。



「お前……いくつ能力を発動してやがる」

「……………」



レジウィーダは何も言わずに顔を背けた。同時にここまで能力を使った事は今までない。ただでさえ、人間が扱うにはリスクがあるエネルギーなのだ。負荷がないわけではなかった。



「まさかそんな状態でまだ能力を使うつもりか?」

「……多分ね」



そうは言っているが、その目は確実に使うだろうと思われた。



「それ以上やったら死ぬかもしれねーンだぞ?」



怒ったようなグレイにレジウィーダは首を横に振って立ち上がった。



「死なない」

「何を根拠に言って

「アンタは今、あたしの邪魔する側じゃないんだろ? だったらヒースが来れなくなった分、あいつらを追っ払うのを手伝え」



そしたら使わなくても済むよ、とレジウィーダは笑った。

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