A requiem to give to you
- 崩落への序曲(9/13) -



「これは一体!?」



第四坑道を出たタリス達が目にしたのは多数の魔物だった。街の住人や坑夫達は混乱し、逃げ惑っていた。

そして一ヶ所、特に魔物が集中している所があった。



「私はあちらを見てきます。貴女は住人達を!」

「わかったわ!」



ジェイドの言葉に頷き、住人達の元へ走った。



「ソウル・コマンド!」



近くあった譜業装置にその辺を漂っていた霊魂を憑依させた。



「住人達を宿屋の周辺に避難させるのを手伝って!」

『了解シマシタ!!』



譜業は元気良く返事をし、手慣れた様子でアーム等を動かして魔物から住人を守り誘導し始めた。この様子から、彼は生前ここで働いていたのだろう。

タリスは仔ライガを抱き抱えて詠唱を始めた。



「水流よ、噴き上がれ……スプレッド!」



激しく噴き上がる水で魔物を蹴散らし、声を張り上げた。



「魔物はこちらに任せて下さい! 皆さんは宿屋へ急いで!!」



住人達はバタバタと宿屋へと駆け出す。怪我をしたりして歩けない者達は、まだ動ける坑夫達に抱えられて移動した。

タリスはその間休みなく譜術放った。



「お嬢ちゃん! 後ろっ!!」



突然聞こえたパイロープの叫びにタリスはハッとして振り返った。それと同時に仔ライガは彼女の腕から離れ、咆哮を上げた。

直後、雷が落ちるような音が響き、完全に振り返った時には慌てて逃げ出す魔物の背があった。



「……今の、貴方が?」



そう仔ライガに問うが、当然答えは帰ってこなかった。じゃれるように足元に擦り寄る仔ライガの頭を一撫でしてタリスは微笑んだ。



「ありがとう」



それからタリスは空いた両手に弓を持ち、飛び交う魔物に矢を放とうとして……それに待ったをかける声がかかった。



「タリス、撃つな!」

「……グレイ?」



上空からフレスベルグの足に掴まってこちらに向かって来るのはバチカルで突然消えたグレイだった。フレスベルグの背にはアリエッタの姿もあり、彼女が何かを指示を出すと魔物はある程度の高さまで下降し、グレイが飛び降りたと同時に空へと戻っていった。



「何故ここに!?」

「話は後だ! 急いでジェイド達を呼んでルークのところに行ってくれ!」

「え、ちょっと……!?」



言うな否やグレイは一人で第十四坑道の奥へと消えていった。



「どういう事なの? それにアリエッタもいたってことは……」



この魔物達は彼女の指示でここにいると言う事なのだろう。そして迎撃を止めたグレイ。敵意はなさそうだが、しかし……

そんな事を考えていると、タリスの横を凄い速さで誰かが通り過ぎた。



「貴方は……アッシュ?」



アッシュは立ち止まらず、顔だけ向けて叫んだ。



「ボケッとしてんじゃねぇ! 早くあの屑の所へ行くぞ!!」



それだけ言うと、アッシュもグレイの後を追うように坑道の中へと入って行った。やはり訳がわからずに呆然としていると、今度はジェイドとティアがこちらへと走ってきた。



「大佐さん、ティアどうしたの?」

「急いで坑道へ戻ります」

「このままだと、アクゼリュスが消滅してしまうわ!!」



それならレジウィーダ達が何とか防ごうとしている筈、と思っていたタリスだったが、次のティアの言葉を聞いて絶句した。



「兄さんの所にフィリアムもいるのよ!!」

「何ですって!?」



ジェイドとティアは先に行き、タリスも後に続こうとしたが、かけられた声に足を止めた。振り返ればパイロープが真っ青な顔で立っていた。



「どうしました?」

「ジョンを……息子を見ませんでしたか!?」



どうやら先程の騒ぎではぐれてしまったらしい。タリスは安心させるように言った。



「落ち着いて下さい。必ず息子さんを探し出します。ですから貴方は住人達を見ていて下さい」

「わ、わかりやした。お願いします!」



タリスは頷き、一度宿屋の周辺に集まる人達を振り返ってから坑道へ入った。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「何を戸惑っているのですか?」



凛とした、そんな聞き覚えのない声が響いた瞬間、レジウィーダとフィリアムの間に光の槍が降り注いだ。

レジウィーダは咄嗟に回避し、声の主を探した。



「誰だ!?」



そう言うと声の主は光と共にフィリアムの前に現れた。宝石のような青い瞳に白金に輝く長い髪を下ろした美しい容姿の女性だった。上部は淡い緑と白、そして下部はふわりと靡くオレンジ色からなる法衣を纏い、髪にはローレライ教団特有の変わった形の髪飾りが着けられている。

格好こそ違うが、彼女には……一度だけ会った事があった。あの光の王都で。



「アンタは……」

「フィ、フィーナ!?」



レジウィーダの声を遮って驚きの声を上げたのはルークだった。



「何でお前がこんな所にいるんだよ!?」

「やはりお前だったか」

「…………」



ルークとヴァンのそれぞれの反応にフィーナは答える事なくニコリと笑みを浮かべた後、周りを見渡した。



「どうやら彼は来てないようね……」

「彼……?」



彼女の呟きに怪訝そうに問うと、こちらを向いて再び微笑む。だがそれはルークに向けていた物とは違い、とても冷たい感じがした。



「あなたには関係のない事です。───それよりフィリアムさん」



そうフィーナが名前を呼ぶと、フィリアムはビクリと肩を揺らした。



「あなたの決意は、そんな直ぐに揺らぐようなモノだったかしら?」

「お、俺は……」



フィリアムは俯き、拳を握り締めた。力強く握った為に爪が食い込み、僅かに血が滲む。フィーナは優しくその手を取り、癒しながら口を開いた。



「人は他人の幸せを踏み台にして光を手に入れるの。戦争だってそうでしょう? 自分達の欲しい物の為に争い、たくさんの尊い命を犠牲にする」



そこで一旦間を置き、癒し終えると手を離して聖女のような微笑みを浮かべた。



「戦争をしろとは言いません。だけどあなたは、あなたの欲しいモノの為に、全力で戦いなさい」



戸惑ってはいけない。迷ってはいけない。



「あなたの内にある、有りのままの感情をぶつけるのです」

「俺の………感情……」



フィリアムは治ったばかりの自分の手を見つめた。それにフィーナは頷いた。



「そう。そうすれば、必ず答えてくれる筈」



それからフィーナはすっと片手を上げ、囁くように言葉を紡いだ。



「『《遠い記憶》を、壊しなさい』」



そう言ってツーっと陣を描くように指を動かした時、フィリアムの回りに紫色の光が集まりだした。



「!!!」



光はフィリアムの中に溶けるようにして入り込んだ。その瞬間フィリアムは苦しそうに胸の辺りを掴み、膝をついて呻いた。



「……っ、はっ…ぐ、う……」

「フィリアム!!」



レジウィーダはフィリアムに近付こうと駆け出した。だがフィーナが放った譜術により行けなかった。



「アンタっ、フィリアムに何をした!!?」



怒りを露にそう叫ぶと、フィーナは一見無邪気な笑顔を浮かべた。



「フフ、何って……フィリアムさんにちょっとだけ勇気を与えただけですよ?」



あなたを殺すための、ね?



「この……っ! エナジーコントロール!」



レジウィーダは能力を使う。



「グラビティドライブ!!」



「……っ!」



解放された能力により、フィーナの周りの重力が急激に重くなった。動きが鈍くなった所にレジウィーダは一気に走り出した。



(間に合え!!)



無理矢理起こされた憎悪がフィリアムの心を食らい尽くす前に……



「させん!」



今度はヴァンが動き出した。剣を抜き、レジウィーダに斬りかかる。それでもレジウィーダは止まることはせず、更に速度を上げて技を放った。



「三華猛蹴脚!!」



蹴りで剣を弾くが、それだけではヴァンを退かす事は出来なかった。ヴァンは左手を前に突き出し、気を高めて爆発させた。



「烈破掌!」

「ぐっ」



吹き飛んだレジウィーダに追撃をかけるべく剣を振るう。レジウィーダはそれを横に跳んで避け、すぐ側にあった壁を蹴り上げて宙に翔ぶ。彼女の紅い髪がそれに沿ってフワリと舞った。



「白き閃光、我に仇なす者を貫き、裁きを与えよ!」



素早く詠唱を紡ぎ、真下にいるヴァンに放った。



「レイ!!」



眩しく、そして鋭い光が彼を襲う。



「師匠!!」



ルークが叫ぶ。



「レジウィーダ! 何で!?」



怒りと迷いの瞳で彼女を見る。だがレジウィーダはそれに耳を傾けず、真っ直ぐにフィリアムの元へ行った。



「フィリアム!」

「う……くっ、ぁ……ねきっ」



肩を掴んで呼び掛けるレジウィーダにフィリアムは苦し紛れに答えた。



「しっかりしろ! 今……今助け……………え?」



その時、肩を掴む手を伝ってレジウィーダの中に彼の内にある感情が流れ込んできた。




───寒い………寒いよ。暗い……怖い……独り。独り……は嫌だ。

何で、何で……俺はいけないんだ。

無い。全部持ってかれた………光も、日溜まりも……あの子に全部、持っていかれた。

酷い……酷いよ………あれは……
















あいつだけの物じゃないのに!!



「……これは!?」



彼から流れた感情。それはどれも押し潰されそうなくらい、暗く重い。悲しみと、怒りと、寂しさと……絶望。そして……憎しみ。

レジウィーダは思わず手を離してしまった。それと同時に彼女の首に目がけて刃が振るわれた。

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