A requiem to give to you
- 崩落への序曲(8/13) -



「! まさか……」


その瞬間、サッとヴァンの表情が変化した。どうやら思い当たる人物がいたようだ。



「奴が生きていると言うのか!?」

「師匠……?」



驚愕に目を見開くヴァンだったが、ルークの心配そうな声にハッと我に返って首を振った。



「……否、何でもない。それよりも早く瘴気の中和を行おう」

「は、はい!」

「やらせない!!」



レジウィーダは叫ぶようにしながら彼らよりも先に動いた。ルークが驚いて剣を抜こうとしたが、その前に彼を突き飛ばし、手に持っていた杖でヴァンに殴りかかった。

その時、上層部で大きな爆発が起こった。



「え!?」

「む……」

「な、なんだ……?」



予想外の出来事にその場にいた全員が動きを止めた。目の前の三人は何事かと上を見上げるが、レジウィーダは背筋が冷えるのを感じた。



「ヒース、フィリアム……!?」



そう、上にはあの二人がいた筈だ。次いで感じたのはこの場にはなかった筈の光と闇のエネルギー。そして気が付いた。



(さっきの戦闘での術か……!)



フィリアムの放った火、水、地の術とレジウィーダの放った風の刃。音素はある条件下ではその属性を変える事がある。この四色が揃って出来るのは、まさに光と闇だった。どうやらそれを術に転用したようだが……威力がおかしい。



「レジウィーダ! 避けて!!」



目の前のイオンが叫ぶ。先程と同じように自身の頭上から来る気配を感じ、ハッとして後ろに下がった。

そして着地した人物を見て察してしまった。



「今度こそ、逃がさない!」

「フィリアム……」



ヒースが負けてしまった事に。

レジウィーダはフィリアムから距離を取り、その名を紡いだ。すると彼は途端に表情を柔らかい物してふっと微笑んだ。



「………わかったんだ。俺が何をしたかったのか」

「え……?」

「人が武器を持つのには、理由がある。何かを守る為だとか、欲しい物を手に入れる為に……とか。それが曖昧で、ハッキリしていないから躊躇する」



ゆっくりと言われたその言葉に、微かにルークの肩が震える気配を感じた。



「明確に……そして強くその理由、目的を成そうとする意志があれば、怖くはない。……何でも出来るし、変えられる」



そう言ってフィリアムは一歩踏み出す。



「だから俺は決めたんだ。手に入れたいから……俺の、俺自身の光を。日溜まりを───」



一歩、また一歩とレジウィーダに近付く。



「その為にはどうしても姉貴……アンタが邪魔になる」



下がる事の出来ないレジウィーダのすぐ前まで来ると、今までの表情を引っ込め、殺気に満ちた瞳で彼女を射抜いた。



「だからアンタには死んでもらう、レジウィーダ・コルフェート!」



瞬間、レジウィーダの周りに風が吹いた。風は渦を巻き、レジウィーダを飲み込んだ。……風系上級魔術、サイクロンだった。



「……上級術すら詠唱破棄かよ!」



レジウィーダはサイクロンの渦とは逆に渦巻く小さな風を纏い、中和しながら言葉を漏らした。

杖を構え、詠唱を始めようとした時、フィリアムが竜巻から現れ斬りかかってきた。



「はぁっ!!」



レジウィーダは薙刀を杖で受け止めてそのまま蹴りを入れ、自らもその場から離れた。



「焔の御掌、災いを灰燼と化せ─────エクスプロード!!」



炎の上級術で返すが、それはあっさり躱される。しかしレジウィーダの狙いはそこではなかった。

二人の戦闘が始まるや否や、その隙にとヴァンが動き出したのを見ていた。フィリアムから十分に距離をとったレジウィーダは直ぐ様杖をクルリと回して能力を使った。



エナジーコントロール、"火"!



「フレイムケージ!!」



術を放った瞬間、炎の膜がセフィロトツリーを覆った。



「何!?」

「なっ!?」

「これは……!」



炎の護り。この術が発動している間は如何なる妨害も意味をなさない。ティアのユリアの第二譜歌《フォースフィールド》に近いモノとも言えるだろう。



「これでアレ《セフィロトツリー》に超振動は出来ないよ」



ヴァンは怒りに顔を歪ませ、拳を強く握り締めた。



「おのれ……!」



レジウィーダはフィリアムを振り返った。



「あたしは死なない。そもそも……死ねない」



杖を強く握り直し、続ける。



「やらなきゃいけない事があるんだ。それを終えるまでは絶対に死ねない。そう………約束を果たすまでは!」



レジウィーダは杖を高く掲げ、第六音素を集めて詠唱を紡いだ。



「白き閃光、我に仇なす者を貫き、裁きを与えよ─────レイ!」

「魂をも凍らす魔楼の咆哮、響き渡れ─────ブラッディハウリング!」



光の閃光を闇の咆哮が掻き消す。それと同時にフィリアムが素早く間合いを詰め、レジウィーダは杖で降り下ろされた刃を弾く。



「フィリアムはあたしが憎い?」



どこか悲しそうに問うと、フィリアムはキッと鋭く睨んだ。



「……憎いな。アンタは"宙"と言うその存在だけで、いつでも日溜まりがある。手を伸ばしてくれる人がいる」



フィリアムは俯く。だが直ぐに顔を上げて叫んだ。



「………アンタだって、俺と"同じ"筈なのに………何で、何でアンタだけなんだっ!!」

「!?」



悲痛に叫んだフィリアムの頬に透明な滴が伝った。それを見たレジウィーダは息を飲んだ。



割れたガラス玉



一つ分の日溜まりに



一つだけ残る



弾き出されたもう片方は














闇に落ちる



「どうせ、どうせこんな思いをするなら……持っていたくなかった!!」

「何言って……」

「煩いっ!!」



訳が解らない言った表情のレジウィーダの言葉を遮って怒鳴る。そしてフィリアムは左手を胸に当てて悲しそうに顔を歪めた。



「"コレ"がある限り、俺に日溜まりはない。アンタから奪わない限り、俺は一生レジウィーダ……………アンタの影だ」



フィリアムは片手を上げて第三音素を収束すると、雷の剣を放った。



「そんな事は……ないよ」



レジウィーダは落ちてきた裁きの雷を素早く避けて言った。



「コレだの同じだの意味分かんないけど、アンタはあたしの影じゃない。それに日溜まりだって、最初から誰にもある筈だ!」

「ないよ。……あったら最初からこんな事しねーよ!!」

「見えてないだけだ!」



そう叫ぶように言った後、レジウィーダは気を落ち着かせる様に息を吐いて続けた。



「本当に……日溜まりはなかったのか? 側に誰もいなかったか? 手を……伸ばさなかったのか? よく自分の周りを見ろよ、思い出せよ。……いるじゃんか、アンタを本当の弟の様に大切にしてくれた奴とかさ」

「……っ」



それにフィリアムはピクリと反応した。



「ひねくれてるけど、本当は凄く心配してくれてる奴だっている。まるで本当の父のような母のような、そして妹のような人達だって…………」



そんな人達と過ごした時間まであるのに、それで本当に……日溜まりはないのか?

そう言うとフィリアムは狼狽えた。



「俺は………」

「勿論、あたしだってフィリアムが大切だし、大好きだよ」



レジウィーダは武器を消し、フィリアムに近付いた。



「あたしは笑顔を見るのが好き。迷っていたら、一緒に悩んであげたい。悲しんでいたら、一緒泣いてあげたい」



気の済むまで、解決するまで



「それで笑ってくれるなら、ずっとずっと……一緒にね」



レジウィーダは優しく微笑み、手を伸ばした。



「日溜まりがないなら、あたしがフィリアムの日溜まりになる。だから………一緒に行こうよ」






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