A requiem to give to you
- 崩落への序曲(4/13) -



*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「止まれ!!」



峠も漸く出口へと差し掛かった時、突如聞こえた声と共に銃声が響いた。全員が驚いて声のした方を見ると、崖の上に譜銃を構えた六神将《魔彈リグレット》が待ち構えていた。



「リグレット教官!?」

「ティア、何故そんな奴らといつまでも行動を共にしている?」



リグレットの凛とした声が響く。ティアは真っ直ぐとリグレットを向いて言った。



「モース様のご命令です。……教官こそ、どうしてイオン様を拐ってセフィロトを回っているんですか!」

「人間の、意志と自由を勝ち取るためだ」

「どういう意味ですか……?」

「この世界は預言に支配されている。何をするにも預言を詠み、それに従って生きるなど、おかしいとは思わないか?」



イオンがそれに首を振って前に出た。



「預言は人を支配するためにあるのではなく、人が正しい道を進む為の道具にすぎません」

「導師。あなたはそうでも、この世界の多くの人は預言を頼り、支配されている。酷い者になれば、夕食の献立すら預言に頼る始末だ。お前達もそうなのだろう?」

「そこまでは酷くないけど……。預言に未来が詠まれてるなら、その通りに生きた方が……」

「誕生日に詠まれる預言はそれなりに参考になるしな」



アニスとガイが言うと、ナタリアも頷いた。



「そうですわ。それに、生まれた時から自分の人生の預言を聞いていますのよ?」

「……結局のところ、預言に頼るのは楽な生き方なんですよ」



ジェイドが眼鏡の位置を直しながら言う。



「そう言う事だ。この世界は狂っている。誰かが変えなくてはならないのだ。─────……そう思わないか? レジウィーダ、そして《異界の者》達よ」



そう言ってリグレットはレジウィーダ達に銃口を向けた言った。そんな彼女の言葉に三人が異世界から来たことを知らないティアとアニスが驚いた顔をしていたが、構わずレジウィーダは口を開いた。



「あたしは、別に狂ってるとは思わないよ」

「何……?」



訝しむような言葉に、タリスとヒースも頷いた。



「そうよねぇ。私達から言わせれば、宗教みたいなものであって、考え方は人各々だと思うわ」

「それに全ての人が信じてる訳でもないだろ? そんな人達もいるのに狂っていると決め付けるのは、ちょっと早いと思うよ」



レジウィーダは「てかね、」と言って続ける。



「そもそも、預言を信じてるって事自体が本人らの意志であって自由なんだよ。ヒースちゃんの言う通り、全ての人が信じてるわけじゃない」



それだって立派な意志だ。そう告げるが、リグレットはそれすらも皮肉るように笑った。



「だが、この世界にそれが通じていれば、ここまで預言に支配されないだろう?」

「まぁ」

「そうだよなぁ」

「ねぇ」

「お前らどっちの味方なんだよ……」



ケロリと言った三人に、ガイのツッコミが入った。リグレットはそのままティアを振り返った。



「ティア、私達と来なさい」



しかしティアは頑なに首を縦には振らなかった。



「教官。私はまだ兄を疑っています。あなたは兄の忠実な片腕。兄への疑いが晴れるまでは、あなたの元には戻れません。それに……」



ティアは振り返ってルークを見た。それにリグレットは何故か驚きと怒りがない交ぜになった表情で叫んだ。



「ティア……そんな出来損ないに、お前は何を見ているのだ!?」



銃口が再びルークを向く。それに彼女の言う「出来損ない」と言うのが自分である事を理解したルークは込み上げる怒りを抑えられず、怒鳴った。



「おいっ! 出来損ないってのは俺の事か!?」

「やはりお前達か! 禁忌の技術を復活させたのは!!」



今にも剣を抜いて走り出しそうだったルークの背後から、ジェイドの怒りの声が上がった。普段見せない感情を露にしたその声と表情に数名が息を呑んだ。



「ジェイド、いけません!」



イオンが慌てたようにジェイドの腕を掴んだ。



「知らなければ良いことも、世の中にはある!」

「! イオン様……ご存知だったのですか!?」



ジェイドは驚いたようにイオンを見下ろした。イオンは無言で頷く。それを見て彼は再びリグレットを仰ぐ。



「……誰の発案だ。ディストか?」

「フォミクリーの事か? 知ってどうなる。……采は投げられたのだ、《死霊使いジェイド》!!」



その瞬間ジェイドの掌から槍が出現し、同時にリグレットは引き金を引いた。ものすごい轟音と閃光が襲い、レジウィーダ達は咄嗟に目を閉じ、手で覆った。

次に目を開けた時には、リグレットの姿はもうなかった。



「くっ……冗談ではない!!」



ジェイドは苛立ちを隠さず、そのまま壁に槍を突き刺した。



「ジェイド」

「大佐、珍しく本気で怒ってますね…」



どこか宥めるようなレジウィーダと、怯えたようなアニスの声にジェイドはハッとして槍を消して振り返った。



「失礼。取り乱しました。もう、大丈夫です」



そう言った彼はいつも通りの微笑みがあった。



「……さぁ、行きましょう」



ジェイドの言葉にルークを除く全員が頷き、先程の事を言及する事も出来ずに無言で歩き出した。

その後も皆の空気が先程よりも遥かに重たくなっていた為、暫くは殆ど誰も何も喋らなかった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「これは……」



到着したアクゼリュスはまさに死に瀕していた。瘴気自体は今は薄くなっていて行動に支障はないが、このまま留まれば命に関わるだろう。



「想像以上ですね……」



ジェイドすらも息を呑む。動けない住人達は、苦しそうに地面に寝ている。ゴホゴホと咳き込み、血を吐いた男を見て、ナタリアが駆け寄った。



「大丈夫ですか!?」

「おい、ナタリア……汚ねぇからやめろよ。伝染るかもしれないぞ」



ルークがそう言うと、ナタリアはバッと振り返った。その形相は今まで見たことがないくらい、悲しみと怒りに歪んだものだった。



「何が汚いの……? 何が伝染ると言うんですの!? 馬鹿なこと仰らないで!!」



そう叫んだ彼女の瞳には涙が浮かんでいた。ナタリアはそれを拭おうとはせず、男にヒールをかけた。すると男の呼吸が僅かに楽になったように見えた。

だが……



「長く持ちそうもないわね」

「ですが避難の準備が出来るまで、頑張るしかないでしょう」

「そうね」



頷いてタリス達も各々薬を手に倒れている人の元へ散った。ルークはそんな彼女達を見て舌打ちをした。



「んな事したって意味ねぇのに」



元を断たねば、同じ事を繰り返すだけだ。そう思っていた時、息を切らしながら一人の男がこちらに向かってきた。



「あ、あんた達、キムラスカ側から来たのか?」

「あぁ……」



ルークが頷くと、ナタリアが近付いて来た。



「わたくしはキムラスカの王女、ナタリアです。ピオニー陛下からの依頼を受けて皆を救出しに来ました!」



それにルークは何度目になるかわからない舌打ちをした。隠すと言いながら、こう言う時だけ身分を明かされては、もう自分の立場がないではないか。

そんな彼の心境を知らない男はナタリアを向いた。



「あぁ! グランツさんって人から話は聞いてます! あ、自分はパイロープと言います。そこの坑道で現場監督をしてます。村長が倒れてるんで、自分が代理で雑務を請け負っとります!」



男……パイロープは喜びと安堵を含んだ声で言った。話す二人を見ながら、ルークは一人ブラブラと歩き出した。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「薬が切れた……」



レジウィーダは鞄の中を見て悔しそうに言った。数が多すぎる。とても間に合わない。



「こっちも無くなったわ」



タリスも空になった瓶や袋をもって近付いて来た。足元には賢明に仔ライガが着いて来ていた。



「こうも多いと、気力の方が持ちそうもないわねぇ」

「うん。だけど放っておくことは出来ないよ」



そうね、とタリスは頷いた。



「せめてもの救いは、ある程度街の住人が集まっているって所かしら?」



そう言って倒れている人々を見る。先遣隊の人達が移したのか、目に見える範囲にいる住人達は大体宿屋の周辺に集められていたのだ。余計に動き回らなくて良い分、体力の温存にはなるだろう。だからと言って、薬が無ければ成す術はないのだが。



「あたし達にも、治癒術が使えれば良かったのに……」

「それを悔いてても仕方がないわ。とにかく一度大佐さん達の所へ戻りましょう」



それにレジウィーダとタリスは仲間と合流すべく歩き出そうとして、ヒースがこちらに向かってくるのに気が付いた。



「二人とも、ちょっと良いか?」

「どうしたの?」



タリスがそう返すとヒースは一度周りを見渡し、誰もいない事を確認すると声を潜めて口を開いた。



「なかなかタイミングがなくて話せなかったんだけどさ。この後の事を相談しようと思って」

「この後……それってルークの力の事よね」



ヒースは頷く。聖なる焔の光はローレライの力で鉱山の街を滅ぼしてしまうと詠まれていると言う。しかし具体的にローレライの力とは何なのか。



「大体、あのルークがどうやってローレライの力何て使うんだ? そもそも、ローレライの力ってのがどんな物なのかもわからないんだよな」



レジウィーダはわかるのか、とヒースが問うと質問を投げられたレジウィーダは「ざっくりと?」と疑問符交じりに返した。



「あたしが聞いた話だと、《破壊》の力って事だけはわかってる。第七音素って音のエネルギーって呼ばれてるけど、その力の内容って《破壊》と《再生》って言われてるんだよ。だから、その片側の力を丸々持ってるって事なんじゃないかな」

「……! それってもしかして、超振動の事じゃないかしら?」



タリスは思い出したように声を上げた。



「実は前にルークがヴァン謡将と話しているのを聞いたことがあるの」

「本当か?」

「ええ。本来は第七譜術士が二人いて起こせる超振動をルークは単独で起こせるって言っていたわ」



超振動。前にティアがファブレ邸に襲撃に来た時にルークとの接触で発生した超常現象。一緒に巻き込まれたタリスは勿論、目の当たりにしたヒースもまた、あの絶大な威力を忘れてはいなかった。

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