A requiem to give to you
- 崩落への序曲(3/13) -



「あの時の私のままだったら、問答無用で警察………こっちで言う警備兵みたいなのに知らせて追い出していたけれどね」

「そっ……か」

「だから……本当に良かった」



そう言ったタリスを見ると、本当に幸せそうにだった。それにルークは胸の奥が傷む感じを覚えたが、気付かない振りをしていると一つだけ疑問が浮かんできた。



「? でもよ、さっきから過去みたいに言うけど……今はどうしてんだ? その先輩は」



その言葉にタリスの表情から笑顔が消えた。まずい事を言ってしまったのだろうかとルークは気まずくなった。だけどタリスは答えてくれた。



「亡くなった…………と思う」

「思う?」



不思議な言い回しにルークは首を傾げた。



「実際に見た訳じゃないの。遺体もないし。だから証拠不十分で行方不明って形になってるわ」



タリスはギュッと弓を握り締めて言った。しかしその手が震えていたのを見て、ルークはそれがもう彼女は彼が生きていないと思っているとわかった。



「でも一人だけ、彼が死んだ所を見た人がいるのよ」

「それは……?」

「レジウィーダよ」



それにルークは自分達とかなり離れた所で腰を下ろして休んでいるレジウィーダを見た。



「先輩はね、レジウィーダのお兄さんなの」

「! それってもしかして」



ケセドニアでヒースが言っていた「知り合い」の事ではないかとルークは思い至った。あの時は頭痛もあり、断片的にしか話が聞けていなかったが、フィリアムの話になった際にそんな話をしていたのを覚えていた。そしてそれは正しかったようで、タリスは頷いて話を続けた。



「レジウィーダが言うにはね、彼は消えたって言ってたわ」



それにルークは目を見開いた。



「消えた……?」

「えぇ、でも確かにあの子ははっきりとそう、言っていたわ。二度と会えない、とも」

「……………」

「正直、それがどう言う事かは未だに分からないの」

「なら、もう一度訊いてみれば……」



ルークの提案に、タリスは首を振った。



「無理よ。だって今のレジウィーダには先輩に関する記憶が一切ないもの」

「え、そうなのか!?」



初めて知った事実にルークは驚き、タリスは悲しく微笑んだ……がすぐにあ、と何かに気が付いたように声を上げた。



「一つ言っておくけど、レジウィーダの記憶障害の原因はそれじゃないからね」



てっきりそうだと思っていたルークはなら何で、と訊こうとしがタリスに遮られた。



「ルーク」

「何だよ?」

「決して……諦めては駄目よ」

「え?」



意味がわからなかったらしく、ルークは目を瞬いてタリスを見た。そんな彼にタリスは心の中で呟いた。



(たとえこの先……光が失われることがあろうとも、諦めずに立ち上がって)




それは、これから待っているであろう彼の運命への最大限の祈りだった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







レジウィーダは頭を抱えた。



「やぁっちまったああぁあああぁ………」



最近、どうにも落ち着かない。フィリアムの事、預言の事。色々と重なって焦っているのか……。そのせいか、やるつもりのなかった態度をルークへと向けてしまった。

久し振りに感情的に切れ散らかした事に盛大な後悔の念に苛まれていると、後ろから誰かが近づいてくる気配を感じた。振り返るとそこにはジェイドがいた。



「貴女でもあんな顔をするんですね」



そう言っていつもの笑みを浮かべていた。あんな顔、とは恐らくルークに怒った時の顔だろう。



「そんなにヤバかった?」

「まるで鬼でした☆」

「うぅ………」



やっぱりかぁ、と項垂れていると冗談です、と音符付きで言われた。



「あのザオ遺跡にいたフィリアムみたいでしたよ」

「まぁ、一応姉弟だからねー」



そう言うとジェイドは眼鏡を押し上げた。



「ですが、彼はこの世界の住人ですよね?」

「……色々とあるんだよ」

「そうですか」

「そうそう。ってか、ジェイド君はそんな事を訊く為だけに来たのかい?」



そう言うとジェイドは「まさか」と言ってもう一度眼鏡を押し上げる。



「休憩がてらに貴女の術について伺いたかったのですが……」

「あー確かに譜術士なら気になるよね」



それにジェイドは頷いた。



「ええ……まぁ、私は昔少しだけ聞いたことはありますが。確か、魔術? でしたっけ」

「あ、それ話してたんだ」



ってか、昔使えてたのかよあたし。二年前に散々苦戦していたのを思い出した。あの時は謹慎を喰らったり、色々な人から怒られたことだ。



「マナを使ったとても人間では扱えないような特殊技術でしたっけね。環境を壊す可能性があるから、あまり多用は出来ないと言うのも聞いています」



確かにマナはエネルギー密度が音素に比べてとても濃い。そんな物を用いた術を多発すれば、それこそ音素と反応して何が起こるかわかった物じゃない。これはレジウィーダ自身も過去の二年の間に身を持って散々と学んできた事で、今もなるべく多用は控えるようにはしている事だ。



「初めは音素を持たない異世界の者だから、そんな術も使えるのだと思っていました。ですがヒースやタリスを見ている限り、そうではなさそうですね」

「まぁ、この術自体は本来は使えないものだからね。って、言うかそもそもだけどね。元の世界じゃ自然との調和も、霊視霊話も使えなかったんだから」



二人のあの力は間違いなくこの世界に来てから発現したものだ。まだ詳しくはわからないが、恐らくはこの世界に来た事で身体に何かしらの影響が出たのか……あるいはこの世界に呼んだ存在が何かしたのか。



(だって、あの二人は本当にただの普通の人間なんだから……そうでもないと理屈が通らない)



それに関してはグレイも同じだ。普通に生まれて、普通に育った、普通の人達。

……ただ、グレイに関してはずっと前にレジウィーダと共に一度《門》を超えた事があるから、その時に何かしらの能力を持っていたのかも知れない。それをレジウィーダ自身も知っていたような気がするが……思い出す事はなかった。



「なんにせよ、今のところこの力で体に悪影響が出ているわけじゃないから。ちょっとした異世界トリップ特典としてありがたーく使わせてもらってるんだよ」



フフン、と得意げに言うとジェイドは肩を竦めて笑った。



「随分と贅沢な特典ですね」



羨ましい限りです。そんな皮肉とも取れるような言葉とは裏腹に、その表情は少し悲し気だった。

それから暫くして出発する旨をティアが伝えに来た事で、レジウィーダ達は再びアクゼリュスへ向かって進み出した。












心に残る不安を隠したまま………。

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