A requiem to give to you- 不協和音と夢想曲(5/5) -
「………ちょっと、大丈夫なわけ?」
「………………」
シンクのそんな声に閉じていた目を開ける。普段はあまり見せないどことなく心配げなその言葉に返事を返す事も出来ず、思わず目頭を押さえて大きく息を吐いた。
「アンタ、やっぱりダアトに帰りなよ」
最近すごく変だよ、そう言われてしまう。しかし変なのはわかっている……けど、
「シンク達はどうするんだ?」
「導師がいない以上、セフィロトは行けないからね。カイツール辺りでヴァンに合流さ」
その後、また新しく指示を仰ぐのだろう。ヴァンはアッシュのレプリカ達と合流すべくアクゼリュスに向かうらしい。リグレットはヴァンの近くで行動をする筈だから、向こうでやる事がないシンクやラルゴ、アッシュは恐らく一度ダアトに戻される可能性が高い。そうなれば、必然的にフィリアム自身も一緒に帰らされてしまうだろう。今帰るか、後から帰るかの違いだ。
『人はだれでも望みを叶える力があります』
バチカルで出会った女性の言葉を思い出す。
『貴方が望む貴方になれば良いんですよ』
まるで聖女のような柔らかな笑みでそう連ねる彼女の言葉に、フィリアムはあの時決めたのだ。
───俺は……………誰でもない、俺になりたい。
夢に出てくる青年でもない。己の被験者でもない、ただ一人の人間に。
でもそれだけでは、あの日溜まりは手に入らない。だが今のままでは、己はいつまでもあの悪夢《記憶》に苛まれてしまうような気がした。
どうしたら良いのか、とそんな苦悩を示した自分に彼女はこう囁いたのだ。
『なら、一度すべてを正しましょう。わからないのなら、白紙にして、最初からやり直せば良いのですよ……貴方"達"には、その力がある筈です』
正直、どういう意味かはわからなかった。けれど彼女は、こうも言っていた。
『今の貴方は未完成のようです。ちぐはぐで、バラバラ。だから一つに戻す事から始めてみては如何ですか?』
まるで自分の正体を分かっているかのような言葉だった。あの時であったばかりだと言うのに。……でも、その時の八つ当たりともとれる己の言葉で全てを察した上でそんな事を言っているのだとしたら、彼女はとても恐ろしい事を言っているのだと思う。
つまり彼女は、自分の被験者を殺せと言っているのだ。
『大丈夫』
そんなフィリアムに彼女は宥めるように言葉を紡ぐ。
『貴方が貴方である事を証明するだけです。己を苦しめる元凶を消すだけの事。そうすれば、貴方は自分が思う以上の力を手に入れられる』
その力で、今一度やり直せば良い。
どうして彼女はそんな事を言うんだろう、とか。なんでそんな事がわかるのだろう、とか。そんな疑問よりも先に浮かんだのは、きっとそれは………出来るという確信だった。
あまり見せた事はなかったが、被験者の持つあの力はレプリカである己もある程度使う事が出来る。被験者は力の制御が上手くないように、フィリアムは力の制御は出来ても被験者よりもずっと弱い。
でもそれが一つになれば? あらゆるエネルギーを変えるあの力が本来の力を取り戻したのなら、もしかしたら……─────
「ちょっとフィリアム! 聞いてるの?」
怒ったようなシンクのそんな声に意識がこちらに引き戻される。それからフィリアムは「ごめん」と眉を下げた。
「ちょっと考え事をしてた」
「フン、また立ったまま寝たのかと思ったよ」
「ごめんって」
そんなに怒らないで、と小さく笑うとシンクはそっぽを向いて「とにかく!」と言った。
「これからアリエッタに伝令飛ばして迎えに来てもらうから、アンタはさっさと帰って寝てるんだね!」
「……いや、その必要はないよ」
はぁ、とイライラしたようにシンクが振り返る。でも、考えを改める気はなかった。
フィリアムの中ではある一つの過程が浮かんでいた。
(どいつもこいつも怪しい事この上ないけど……ノッてみるのは有りでしょ?)
名前すら知らない女の言葉に踊らされるのは癪だが、このまま怒りと悲しみのまま武器を振るうのはただの暴徒と一緒だ。…………ならば、彼女の言う「白紙にする」と言う事をやってみようじゃないか!
「俺、ヴァンについてアクゼリュスに行く」
その瞬間はもしかしたら苦しいのかも知れない。でも、それを乗り越えればきっと、本当の自由を手に入れられるかも知れない。あの目障りな記憶も、己を馬鹿にした夢の中の少女も、全部全部この手で………
「待っててよレジウィーダ。今度は迷わずに消してみせるから」
歪む口元を気にせずにそう呟く。黒い感情が、胸の中を渦巻くのを……気が付かないフリをして。
「……………」
近くでそれを聞いていたシンクがどんな表情をしていたのかを、フィリアムは気が付く事がなかった。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
日の光を一切遮り、閉め切った暗い部屋にいた女性は、閉じていた目をゆっくりと開き、クスリと笑った。
「これで、準備は整ったわ。あとは……」
ちらり、と壁に貼ってある地図に目をやる。地図の右下の方に赤い印があった。その印が示す場所は……アクゼリュス。秘預言に詠まれた、崩壊の序章。
「さて、と。私もそろそろ行かないと」
そう言って地図から目を離し、側に置いてあった服を取る。それから今着ている服に手をかけようとして、ふとその手を止めて振り返った。
「そこにいらっしゃいますね。いい加減出てきてはどうですか?」
それともこのまま着替えを見てます?、と面白そうに問えば、物陰から白いものが現れた。
クリフだった。だが、いつもは何があっても決して外さないフードを今はとっている。
「良いんですか。素顔を見せてしまって」
「アンタは驚かないんだね。……この顔に」
そうクリフはつまらなさそうに自身の顔を触れながら言った。しかしそんな彼の顔を見ても、女性は全く顔色すら変えない。寧ろ面白そうに笑っているばかりだった。
「そう言うのは慣れておりますので」
その言葉にクリフはフッと笑いを漏らした。
「やっぱり、わかる人にはわかるんだね」
その言葉には返さず、ただただ笑顔を浮かべる女性に、流石のクリフも若干口許が引き攣った。彼女はそれに目を細めて笑みを深めた……が、徐々にそれは冷たいものに変わっていった。
「私はあなたが何故その様な様相で、そしてここにいるのかは問いません。ですからあなたも」
「アンタがしている事について詮索するな、と?」
クリフは知っていた。嘗ては同僚として、同士としていた者が洗脳とも言える力が使えるのを。そしてそれを、目の前の女性も出来ると言う事を。
異世界の者達のような特殊な力ではない。家系的な物なのか、それとも何か禁術的な物なのかはわからないが、昔から妙に人を掌握するのが上手いどこぞの主席総長と同じ力だった。
そんなクリフの心中を知ってか知らずか、彼女は再びにっこりと笑った。
「まぁ、されたらされたで、私はあなたを消すだけですけど……ね」
「それは物騒だね」
言葉ではそう言うが、全くそう思っていなかったのは明らかだった。だが彼女は気にしなかった。
それから女性は近くに置いてあった杖を手に取ると、クリフに向けた。
「─────さて、態々来て下さったのです。丁重なオモテナシをさせて頂かなくてはいけませんね?」
元より穏便な話し合いなど、お互いにする気はなかった。女性のその言葉が合図となったかのように、クリフはマントの下に隠してあるチャクラムを強く握り締めた。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
「ルーウー君!」
やっほー、とこの時間には似付かわしくない元気な声が部屋に響く。部屋にて同室のガイと話していたルークは突然の訪問者にぽかんと口を開けて声の主を振り返った。
「レジウィーダ? こんな時間になんだよ?」
仮にも男性の部屋だ。ガイもいるとは言え、こんな時間に女性が一人で来るには些か無防備ではないだろうか。
そんな事を考えつつもルークが要件を訪ねると、レジウィーダは手に持っていた携帯電話を取り出した。
「君に伝えとこうと思ってさ。コレ、壊れちゃったから暫く電話使えないんだよね」
「そうなのか?」
「見た目は特に変わったようには見えないけどなぁ」
ルークと一緒にガイもレジウィーダの手元にある携帯電話を覗き込むが、見た感じは壊れたような跡は何もない。
「うーん、ヒースちゃんにも詳しく見てもらったんだけどねー。何かバッテリーがダメになったっぽいんだよね」
「ばってりー?」
「譜業を動かす為の原動力、だな」
「そうそう」
ガイの言葉にレジウィーダも頷く。
「詳しい構造はあたしも知らないんだけど、このバッテリーの中に携帯を動かす為のエネルギーが詰まっているんだ。だからコイツがダメになると、電源が入らないから使えないんよ」
だからちょっと不便になるから、直るまでは使えないから。そう言うレジウィーダにルークは「ふーん」と興味なさげに返す。
「ま、元々滅多に使ってなかったんだし、良いんじゃね?」
「そうなんだけど、伝書鳩よりよっぽど早く連絡が取れるから便利なんだよねー。こっちはこれで慣れてるから不便でしゃーないのよ」
そう言って苦笑を漏らすレジウィーダ。それに少し残念そうにガイがするのを傍目に、ルークはやはり理解が出来ないと肩を竦めたのだった。
それからレジウィーダは「あ、」と思い出したようにルークを見た。
「それはそうと! ルー君体調は大丈夫?」
昼間に倒れてから随分と時間は経っているがなかなか派手に倒れたらしく、レジウィーダに言われて思わず頭を触ると、後頭部に小さなタンコブが出来ていた。
「……まぁ、タンコブが痛ぇけど、そんくらいだわ」
「結構良い音したよなぁ」
その時の事を思い出したのか、ガイも苦笑いだ。ルークも段々とその時の事を思い出してきて、今更ながら原因(主にタンコブの)となった者への怒りが沸々と湧いてきた。
「つーか、あのアッシュってのが俺をいきなり操ってきたのもだけど、ヒースが突然引っ張ってこなかったらここまでの参事になってなかったっつーの!」
「でも、あれはあれで止めなかったらティアに斬りかかってそうだったけどな」
アッシュに操られ、ティアに突然剣を向けた時は本当に肝が冷えた。やり方はともかく、あの場で止めてもらわなかったらどうなっていた事か、と思うルークとは裏腹にレジウィーダはあっけらかんとした様子で肩を竦めた。
「いや、多分あれ半分遊んでただけっぽいけどねー」
「はぁ? どういう事だよ?」
こちとら頭われるかってくらい頭痛も酷かったんだぞ、とレジウィーダを睨めば「だってねー」と頬をかいていた。
「そもそも本当にルー君を殺す気なら、態々こんな面倒臭いことしないで遺跡にいた時点でやってくるでしょ」
「それは、」
「イオン君もこっちに返してきたくらいだし、少なくともあたしら……って言うか、ルーク達に何かやらせようとしてるのかもね」
内容まではわからないけどさ、と宣うレジウィーダにガイもどことなく伝わったのか、苦い顔をして考え込む。
「確かに……。六神将達が何を考えてるのかはわからないが、どうにも奴らの良いように誘導されてる感は否めないんだよな」
「チッ、どいつもこいつも舐めやがって!」
ルークは思わず舌を打つ。それにレジウィーダが「まぁまぁ」と宥めてくる。
「アイツらが何を考えてるかはともかく、ルー君は自分のやるべき事を見失っちゃダメだからね」
「……わーってるよ」
信じられるのは己の師だけ。あの人は自分を救ってくれる。英雄になって、今まで馬鹿にしてきた奴らをギャフンと言わせてやるんだ。
そんな事を思っていると、レジウィーダは今までとは少し落ち着いたトーンで再びルークに話しかけてきた。
「ルーク」
「なんだよ?」
そんな彼女に少し違和感はあったが、気にせずに聞き返す。レジウィーダは一瞬だけ言い淀むような素振りを見せると、それから静かに口を開いた。
「大切なモノはいつだって君の側にある事を、忘れないでね」
「…………?」
「友達ってさ、仲良しこよしするだけが友達じゃないと思うんだ。時には喧嘩もするし、いがみ合ったりする事もあるけどさ。本気で自分と向き合ってくれる人は………絶対に君の助けになってくれる」
「「…………」」
まるで自分に言い聞かせるかのようなその言葉にルークだけでなく、ガイまでもが言葉を紡げずに黙り込む。しかしレジウィーダは答えを求めてはいなかったらしく、直ぐにその少し落ち込んだ空気を露散させた。
「まぁ、そんな事もあるよって心のどこかで留めておいてくれれば良いから!」
「あ、ああ……」
空気感の違いにルークはそんな返事しか出せなかった。レジウィーダは伝えたい事を伝えられたと満足げに部屋の出口へと向かう。そしてドアから出る際に、一度だけ振り返った。
「アクゼリュス、絶対に救おうね!」
来た時と同じように元気よく言われた言葉に頷く前に、レジウィーダはドアを閉めて部屋から出ていった。
「な、何なんだよ……アイツ」
「心配してくれてるんだろ。素直に受け取っておけよ」
そんなガイの言葉にどことなくむず痒い気持ちになり、「うるせぇ」とだけ返すとさっさとベッドに横になったのだった。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
カチッ
カチッ
カチッ
動き続ける時計の針。一刻……また一刻と時は迫る。
人は集う。ある一つの場所を目指して
外れた歯車が転がる今も、それは止まることはない。
進む
迫る
時間と光と、歪んだ光。すべてが集ったその時が、
崩落へのプレリュード
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