A requiem to give to you
- 不協和音と夢想曲(3/5) -



ケセドニア。イオンを救出し、レジウィーダ達と合流したルーク達はカイツール軍港からデオ峠を越え、アクゼリュスへと向かう為の通過点として商業地区へと訪れていた。

バチカルから碌な休憩を取っていたなかったのと、イオンの体力の消耗が激しいのもありここらで一度休憩を取る事となったが、アクゼリュスへ急ぎたいルークとイオンを休ませたいティアとで一度口論になった。

しかし、その直ぐに後にアッシュからのルークへの脳内干渉があったり、突然ヒースがルークの髪を強く引っ張った事でルークが倒れてしまい、強制的に宿屋での休憩を取る事となった。

一先ずルークとイオンをベッドで休ませ、一同はレジウィーダを見た。



「さて、漸く落ち着いたところで、貴女には色々と聞きたいことがたくさんあるんですが」



それぞれが聞きたいことがあるのだろう。仲間を代表としてジェイドがそう口を開くと、レジウィーダは冷却用の譜石を指先で弄りながら「はいはい」と返した。



「一応、わかる範囲で良ければ答えるけど、何かな?」

「あの!!」



その言葉に真っ先に飛び込んできたのはナタリアだった。



「貴女は、あの鮮血のアッシュと言う者の直属の部下であったと聞いております。彼は……一体何者なのですか?」



彼女の疑問は最もだろう。短期間とは言え、アッシュの部下として過ごしてきたレジウィーダがルークを見て何も感じなかったとは考えにくい。それならば、アッシュとルークの関係も知っているのではないか、と考えての質問だとレジウィーダにもわかった。

だがしかし、この件は神託の盾内でも機密も機密。とてつもなく話してあげたい事だが、流石に王女とは言え、レジウィーダが迂闊に話してしまっても良い内容でもない。



(それに下手に事実を伝えても、今のこの人達じゃきっと……)



現在の仲間達とルークの関係性と先程のやり取りから、十分な信頼関係など皆無なのだろう。下手にしゃべった事でその先に考えられる未来に、レジウィーダは首を横に振った。



「ナタリア王女。申し訳ないけれど、神託の盾の最重要機密です。一介の兵士が話しても良い内容じゃないから、この辺は彼の上司に国から事実確認を求めた方が良いと思います」



まぁ、きっと教えてはくれないだろうが。そんな言葉を呑み込みつつ、ナタリアにそう言うと、彼女は落胆したように頷いて引き下がった。

しかしガイはレジウィーダの言葉に訝し気に突っ込んできた。



「だが、その言い方的は何か知ってはいるんだよな?」

「例え知っていても、首は飛びたくないからねー。許可が出ない限りは黙秘するよ」



ごめんね、と手を合わせて苦笑すると、ガイも「そうだよなぁ」と頭をかき、それに彼の肩の力が抜けたのを感じた。

次いでレジウィーダはジェイド達を向いた。



「それで、他に聞きたい事はある?」



そう聞くと今度はジェイドが「では私から」と口を開いた。



「六神将補佐のフィリアム・グラネスについてです」



その言葉に話の成り行きを静かに見守っていたタリスも何か言いたげに視線を向けてきた。



「グラネス、とはグレイのファミリーネームですね。ですが彼は……貴女にとても良く似ているように見えるのですが」

「ああ、それねー」



グレイの名前も出てきて、嫌な事を思い出したレジウィーダは苦い顔をした。



「戸籍上はアイツの義弟って事になってるよ。あの子、元々孤児でさ。拾ったーとか言って勝手に取り決めやかがった」



あたしも弟が欲しかったのにー、と憤慨するレジウィーダにヒースが待ったをかける。



「は? この間は弟だって言ってたじゃないか」

「ジェイド君も言ってたけど、あの子あたしに似てるだろ? 出会った時間もそんなに変わらなかったし、本当はあたしの弟にってしたかったんだけど……」



信頼関係の差が……と、暗雲立ち込める空気を纏うレジウィーダに色々察したヒースは半眼になって溜め息を吐いた。そんな彼とは反対に、タリスは先程の「孤児」と言う言葉に興味を示した。



「孤児……? つまりあの人は、元々"こちら"側に住んでいた人って事?」

「まぁ、そう言う事になるかな」



本当は違うのだが、それを言えば芋ずる式にルークの事もバレてしまう可能性がある。タリスには悪いが、今はこれで納得してもらうしかない。そんな事を考えていると、「そう言えば」とティアがタリスを見た。



「廃工場や遺跡での戦闘の時、フィリアムを見て酷く動揺していたけれど、あれは一体どうしたの?」



普段の彼女からは考えられない程の動揺。指先一つ動かせなくなるほどの衝撃を見せたあの姿に一番近くで目の当たりにしたティアは気になったのだろう。それにタリスが珍しく言い淀んでいると、ヒースが助け舟を出した。



「僕もそうだったけど、知り合いに……似ていたんだよ」

「知り合い、ですか」



ジェイドの言葉にヒースは頷いた。



「そ………まぁ、違ったんだけどさ。本当にただの他人の空似だった」

「そうですか。それはレジウィーダもそうですか?」

「それについてはわっからん。そもそもこんだけ広いんだし、似ている人なんてたっくさんいるだろうしね!」



そうは言ったものの、初めこそ元の世界でだって似ている人の一人や二人はいるのだろう……とも思ったが、前に見た"記憶の欠片"やヒースの発言、タリスの様子から見て、きっと失った記憶にその辺のヒントはあるのだろう。だとすれば、今のレジウィーダにはどうする事も出来なかった。だから今は、深く考えて目的を見失ってはいけない、とこの話題を切り上げた。



「フィリアムについてはあたしも色々と気になってる部分があるから、わかったら伝えるよ」



今はそれじゃダメかな? そう言うとタリスとジェイドは渋々とだが頷いた。それを確認すると、レジウィーダは両手をパンッ、と叩くと立ち上がった。



「他にも聞きたい事はあるんだろうけどさ、今は皆も少しでも体力回復してさ! 早いとこアクゼリュスに向かおうよ」

「そうですわね。こうしている今も、アクゼリュスでは瘴気に苦しんでいる人々がいますもの」



レジウィーダの言葉にナタリアも同意を示した事で、一旦の話し合いは終了となった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「タリス」



夜。一同は旅支度をそこそこに朝一の船に乗る為に各自与えられた部屋で一泊する事なった。タリスもそろそろ寝ようかと既に寝息を立てている仔ライガの背を撫でていると、唐突にノックと共に自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

それは幼馴染の一人、ヒースだった。しかし彼が来ることはある程度予想が出来ていた為、タリスは特に驚く事なく彼を部屋に通した。ヒースは静かに部屋に入ると、近くにあった椅子へと腰かけた。それから暫くどちらも口を開く事なく、二人の間に無言の空気が流れた。



「………………」



いつもなら急かすタリスでさえ、まるで相手の様子を窺うように沈黙を貫いている。



「………………」

「………………」

「………………」

「……………………………………あのさ、」



いつまでそうしていたのだろうか。やがて沈黙が耐え切れなくなったのか、ヒースから口を開いた。

彼は、タリスと同じく"忘れられた時間"を知っている。だからこそ、彼が何を言おうとしているのかも、わかっていた。



「多分だけど、違うよ」



何が、とは愚門だろう。昼間にも話題に上がった彼の人の話なのだろう。



「僕もしっかりと話を聞いたわけじゃないけど、"あの人"は、ああじゃなかった。君はしっかりと見たかはわからないけど、顔も違うしね」

「……………前に、宙が言ったことを思い出したの」



アイツには二度と会う事は出来ない。─────わたしが、消しちゃった。

まだ、全てが崩れる前にレジウィーダ本人から直接伝えられた言葉。忘れる事のない、呪いの言葉。彼女の言う「消した」の意味が当時はわからなかったが、こうして異世界に来た事で、もしかしたらあの人も……と思っていた。

しかし、ヒースの言う通り、フィリアムは彼と……宙の兄とは違った。いくら兄妹とは言え、男女差があるとは言え、タリスが敬愛していたあの者の顔を間違えるはずがなかった。あの時はいきなりの襲撃と言うのもあり動揺してしまったが、冷静になって今思い返せば、明らかに彼とは違う事にタリスは気が付いていた。

だがしかし、あそこまでの憎悪と殺気を向けられる理由がわからなかった。



「ねぇ、ヒース。なんで、フィリアムは……あんな事を言ったのだと思う?」

「『アンタはもっと嫌い』だっけ?」



その言葉にタリスは小さく頷く。ヒースは腕を組んで考える素振りをするが、答えが見つからなかったらしく直ぐに肩を竦めた。

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