A requiem to give to you- 鏡合わせの濡れ紅(6/7) -
「…………で?」
「? で?」
そんな事よりも、と言った表情でヒースがレジウィーダを見れば、彼女もまた彼の意図が分からず首を傾げていた。
「いや、何不思議がってるんだよ。君が昨日言ったんだろ……『ヴァンには気を付けろ』って」
そう言うとレジウィーダは「ああー」と間延びしたように返すと、思い悩むように顎に手を当てた。
「うーん。どこから話をしたもんかねー。ぶっちゃけちゃうとさ、あたし自身も詳しいことはわからんのよ」
「でも、ああやって言ってくるって事はそれなりに引っ掛かる事があるんだろう?」
その言葉にはうん、と迷いなく頷いた。
「その辺はどうにもアイツの方が深入りしてるっぽいくてね。ただ、間違いがないのは死者が桁違いに出るであろう事を計画しているのは確かみたい」
アイツはそれを『世界破壊計画』と言っていたのもまだまだ記憶に新しい。しかし今までのヴァンや"イオン"達の動きを見ていると、それも実現できてしまうのではないかと思っている。
言葉ではあっさりと伝えているが、そこに含まれた膨大な思惑はきっとヒースどころかレジウィーダですら想像が出来ない物だろう。
「アイツってグレイだよな」
六神将補佐なんてやっているくらいだ。それこそ想像には難くない。そんな意味を込めてヒースが言えば、レジウィーダは今度は小さく頷いた。
「あいつマジで何やってるんだか……」
「まぁ、神託の盾に身を置いているってなった時点で厄介事に巻き込まれるのは百も承知なんだろうけどさ……今はそれよりも」
現状、最も警戒すべきはヴァンだよ、とレジウィーダは言う。
「どんな事をしてくるのかはわからない。でも、ルークの預言の事も考えるのなら、預言にも読まれている『鉱山の町』に何かあるのかも知れない」
「ルークはヴァン揺将に絶対的な信頼を寄せている。もし、君の言う事が確かで、ヴァン揺将自身もルークの預言を知っているのなら……」
この機を逃すことはないのかも知れない。それならば、ルークの使用人でもある自分が警戒するに越したことはないのだろう。
「なぁ、レジウィーダ」
「なに?」
「グレイは、その計画とやらが実行されることを望んでいると思うか?」
もしも本当に望んでいるのなら、今後は彼とも敵対することになるのかも知れない。そんな事を思っていると、レジウィーダは「わからない」と首を振った。
「正直、そんなことはないと断言は出来ない。でも、アイツの性格を顧みるなら………違うと思うけどね」
「そう、だと良いな」
こんな事しか言えなくてごめん、と項を垂れる彼女にヒースは一度目を閉じると直ぐに開き、気持ちを切り替えるように肩を竦めた。
「ま、何にしても今は情報も手段も不足している。出来るだけの事をしていくしかないだろ」
「ヒース……」
「君も、話してくれてありがとう」
「!」
え、と破顔するレジウィーダに構わず続ける。
「レジウィーダだって、本当は僕らを巻き込みたくはなかったんだろ? だから正直、何かを知っていても話してくれないかと思ったんだ」
「それは……」
言い淀む彼女にヒースはやはり自分の考えは間違っていないのだと確信した。
「仲間と敵対するかも知れない。下手をすれば怪我どころでは済まされない……その可能性が高いのにも関わらず、それを相手に伝えるのってすごく勇気がいる事だと思うよ。だから、ありがとう」
もう一度そう言ってお礼を伝えると、レジウィーダは一瞬だけ泣きそうな顔になると下を向いて自身の両手を握りしめた。
「……本当は、一人で全部出来たら良かったんだけどね。それは無理だから……それにあの人が、"四人"である事を求めているなら、それに応えないと」
「ん? なんて?」
最後の方が聞き取れず思わず聞き返すと、レジウィーダは顔を上げた。そこにはいつも通りの彼女がいた。
「いやー、これからが大変だから……頑張らなきゃなって思って」
「その割には楽しそうなんだけど」
「そりゃそうでしょ! だって漸くみんな揃ったんだよ? 大きな使命もあるけどさ、楽しまなきゃ損っしょ!」
ね、と言われた言葉に一瞬呆けるが、それも一理あるなと思うとヒースも苦笑して頷いた。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
ところ変わって廃工場。薄暗く魔物がうようよと徘徊するその雰囲気には似付かわしくない一行が歩いていた。
方や上機嫌に鼻歌を歌って軽やかな足取りで進むお嬢様と、険悪な空気漂う女性軍人二人と、困り果てる男二人とチーグル、笑顔の軍人、そして……
「皆さん、何をモタモタしていますの! こうしている瞬間にもアクゼリュスの民達は苦しんでいますのよ! キビキビ歩きなさい!!」
元気溌剌な王女様がいたのだった。
そもそも何故ナタリアがここにいるかと言うと、理由は簡単。彼女もアクゼリュスの民を救いたいと言う正義感からルークを脅し(?)て無理矢理ついて来ていたのだった。
「いやぁ、キムラスカの王族は元気なのが多くて良いですねぇ」
私なんてもう年ですから体の節々が痛くて……と態とらしく腰を叩くジェイドにタリスとミュウを除く全員が白けた視線を送った。
タリスは鼻唄をやめてジェイドに近付いた。
「そんなに痛いなら湿布でも貼ってあげましょうか?」
一杯あるわよ、と荷物袋から取り出した。ヒースがいたら「何でそんな物を持ってるんだよ」とかツッコミが入りそうだ。
「ほう、これはこれは…………明日は雪ですかねぇ?」
「どういう意味かしら?」
「そのままの意味です♪」
「奈落の底に埋めたろかい」
大変空気が痛いことこの上なかった。
「みゅみゅ? ジェイドさん違うですの。今は春だから雪は降らないですの!」
二人の間に吹き荒れるブリザードに気付かずに元気良くそう言うミュウは勇者だった。
タリスはふぅ、と一つ息を吐いて腕を組んだ。
「別に良いじゃない。消耗品は使ってなんぼ。それに私の好意は超レア物よ。素直に受け取っておきなさい」
「やれやれ……。ありがとうございます」
そう言ってジェイドは渋々タリスから湿布を貰った。
しかしあのタリスが只の好意だけで渡す筈がない。その湿布を渡す意図の裏には密かに……否、彼らが気付いていないだけでかなり大胆にジェイドを年寄りの爺さん扱いしていたのだった。
果たしてジェイドはそんな彼女の心の内に……
「と、言う事でいつも苦労の多いガイに貼ってあげましょう」
「は? ……ってオイ! 髪に張り付けるな!!」
「それからタリス、今夜私とじっっっっっっくりと話し合いましょう」
「慎んでお断りするわ」
気付いていたようだった。
しかしそんな楽しい(?)時間もティアの一言で吹っ飛んでしまった。
「皆! ヒースの剣があったわ!」
ティアの手には確かに昨日までヒースが使っていた剣があった。折れてはいたが。
「根本から折れてるわねぇ」
「ヒース……」
ナタリアが心配そうに剣を見ながら言った。すると今度はアニスが
「はぅあ! あそこの床見て! 何かすっごくへこんでるよ!」
アニスの言葉にタリス達は視線を剣から彼女の指差す床に向けた。そこはまるで巨大な鉄球でも落ちてきたかのように丸くへこんでいた。
「どうやったらこんなでっけー穴が出来んだ?」
「恐らくレジウィーダの術でしょうね。この穴からかなりの量の"エネルギー"を感じます」
「"エネルギー"って、音素とは違うのか?」
ガイがジェイドの言い方が気になりそう問うと、ティアが口を開いた。
「確かにレジウィーダの使う術は音素とは違っていたわ。もっと……音素より強い力……」
ジェイドは眼鏡のブリッジを押し上げた。
「まぁ、何にしてもそれは本人達に聞かなければわかりません」
「そうですわね。ヒースと、そのレジウィーダと言う方は無事なのでしょう?」
「無事どころかいつも通りだったぜ」
「なら大丈夫でしょう。イオン様も彼らの所にいるでしょうし、とにかく我々は一刻も早く六神将達に追い付いて三人を取り戻しましょう」
それに全員が頷いた。
「それでタリス」
「? 何かしら?」
唐突にジェイドはタリスを呼び止めた。そしてゆっくりとある一点を指差し、
「あの仔ライガは何をしているんですか?」
そう言った。タリスはニッコリと笑った。
「見てわからない? 食事をしてるのよ」
そう、先程までタリスの腕に抱かれていた仔ライガは食事をしていたのだ。因みに本日のメインディッシュは……ラップオンの生け作りである。
「いや、あれ生け作りってかまんま生じゃねぇか!」
「その前にあの魔物って生モノなのかしら……」
「でも血が出てますし、生なんでしょうね。………実に興味深いです」
「大佐ぁ〜、目がマジですよぅ」
「まぁ、大佐もアレを食べたいんですの? 変わった趣向ですこと」
「ミュウはオバケは食べれないですの〜」
皆が皆それぞれの感想を述べる中、ガイだけは……
「早く三人を取り戻しに行かないか……?」
そう一人呟いていた。
.