A requiem to give to you
- 鏡合わせの濡れ紅(5/7) -


「あんっの顎髭、私がアリエッタをデートに誘おうと態々空けといた時間を丸々潰したんだよ! 酷くない!?」

「顎髭って誰だ?」



聞き慣れない単語にヒースが首を傾げる。それにレジウィーダは「ヴァンの事だよ」と言った。



「あーあ、アリエッタは暫く任務がないって言うからチャンスだと思ったのにさ。マジ最悪」



今度新しい呪術を試そうかな、と手に持っている『楽しい人のシメ方』の本を開きながら呟いた。

ここまで来ればわかると思うが、クリフはアリエッタに恋心を抱いている。だけどアリエッタはご存じの通り"イオン様"一筋な為、彼の一方的な片想いである。



「何か……フーブラス川で会った時と雰囲気違くないか?」

「そう? あたしは見慣れちゃったからどうとも言えないや」



それからレジウィーダは「そう言えば」と言って、未だにブツブツと恐ろしい単語呟いているクリフを向いた。



「クリフは何しにここに来たんだ?」



クリフは本を閉じて言った。



「任務だよ。それでここまで来るのにデートの時間を潰れたんだ。あ、因みに内容はシンク参謀長達と同じのと、そこにいる《光を救う者》をダアトへ連れて行く事」

「……神託の盾の奴らって何でこう態々内容を相手に伝えるんだ」



眉をひそめてヒースは言う。大方馬鹿にされていると思っているのだろう。彼らも半分はそのつもりだろうが……。それにレジウィーダは苦笑するしかなかった。



「でも何でヒースも? 関係なくね?」

「さぁ? 私はヴァンからあまり信用されてないからね。詳しい事は知らないよ」



それはそうだろう。クリフはほぼレジウィーダの味方と言っても良い。自分の計画の邪魔をされたくない存在の味方に詳細を話すわけがない。

レジウィーダは暫く考える素振りを見せ、直ぐに両手を合わせてクリフに言った。



「あのさークリフ、あたし達をここから逃「悪いけど却下」」



言い切る前に遮られてしまった。



「今回ばかりは君の言う事を聞けないんだよね」

「でもあたしはこっちに着かないよ?」

「……だがその場合、俺達はお前を殺さねばならない」



クリフ以外から返ってきた声に振り返ると、そこには大鎌を担いだラルゴが立っていた。



「ラルゴ」

「俺としては短い間とは言え、仲間であったお前を殺したくはない。だが……」

「わかってるよ。でも、やっぱりあたしはアンタ達の計画に賛同は出来ないんだ」

「………」



ラルゴは悲しそうにレジウィーダを見た。



「あたしはね、皆の笑顔が好きなんだ。彼のやろうとしている事は、それを奪う事。例え自分の生まれた世界じゃなくても、それは辛い」



幼馴染み達の笑顔。神託の盾や、六神将達の笑顔。セントビナーや、他の街にいる人々の笑顔。そして、共に旅したルーク達の笑顔。



「どれも暖かくて、大切なんだ。自己満足なのかも知れない。でも、皆の……その人だけが出来る幸せで、嬉しそうな笑顔が見れれば、それだけであたしは幸せなんだよ」

「レジウィーダ……」



誰かがそう呟いた。



「計画を辞めろとは言わない。それがアンタ達の強い信念だってわかってるから」



でも、と続けた。



「邪魔は、するから」

「そうか……」



そう言ってラルゴは背を向け、ドアに向かって歩き出した。



「用事が終わったら、導師と共に帰してやる。……だがその次に会う時、お前は俺達の敵だ」



それだけ言ってラルゴは部屋から出ていった。



「ラルゴ……」

「……信念、ね」



ヒースはラルゴの出ていったドアを見ながら呟いた。



「レジウィーダ」



レジウィーダが振り返ると、何かもの言いたげな雰囲気を醸し出したクリフがいた。そんな彼にレジウィーダはゆっくりと口を開く。



「それに……約束、したからさ」



それだけ言うと、クリフは無言で被っていたフードを更に深く被り直した。レジウィーダはそんな彼に首を傾げ、ヒースは何かを考えるような姿勢で見ていた。

一呼吸置き、それからクリフは一度大きな息を吐いて言った。



「ラルゴが君達を返すと言うのなら、私はこのままダアトに帰るよ」

「ごめんね。無駄な時間だけをかけさせてしまって」

「別に良いよ。……後で顎鬚の部屋から《メシュティアリカ》の写真を全部燃やすだけだし」



フッ、と底冷えのする笑いと共に呟かれた言葉に意味のわからなかったヒースは頭上に?マークを浮かべていたが、何となく想像がついたレジウィーダはやや引き攣った顔で苦笑した。

しかしクリフは直ぐに真剣な顔をしてレジウィーダを見た。



「闇の種……」

「え?」

「……気をつけて。闇の種は……発芽している」

「闇の種?」



オウム返しした言葉にクリフは軽く頷き、続けた。



「ゆっくりとその芽を伸ばし、大きくなってきている。……やがてそれは黒き花を咲かせ、己の光の蕾を鋭き刃で散すだろう」



そう言った彼の声はゆっくりと低く、まるで預言を詠む預言士のようだった。



「それは預言か?」

「違うよ。私からの忠告のようなもの。……私にはこれくらいしか出来ないから」



そう言ってクリフは俯いた。



「君が計画に賛同しないとわかったら、ヴァンは再び君の命を狙うだろう。君が殺されかけても、私には何もする事が出来ないよ」

「だから……巻き込みたくなかったから、レジウィーダをダアトに連れて行く振りをして隠すつもりだった、と?」



今まで黙っていたヒースがそう言うと、クリフは驚いたように彼を見た。彼は目を細めて微かに笑った。



「案外、優しいんだな」

「……何言ってるの。私は只アリエッタと一緒にいる時間を潰したヴァンにちょっとした仕返しをしたいだけだよ」

「嫌がらせ、か。まぁ良いけど」



そっぽを向きながら言うクリフに、今度は意味深な笑みを浮かべた。それにクリフは口をへの字に曲げた。フードで顔は見えないが、恐らく物凄く不機嫌そうに歪めているのだろう。



「…………アンタみたいタイプ、嫌いだよ」



ぼそりと呟いたが聞こえていたらしく、ヒースは「ありがとう」と嫌味っぽく返した。それにクリフは更に不機嫌になり、フンと鼻を鳴らして部屋から出て行った。



「クリフのやつ、どうしたんだ?」

「さぁね」

「ヒース、何か面白がってない?」



どこか楽しそうに口元を上げるヒースにレジウィーダが訝しげに訊く。すると彼は首を振って目を閉じた。



「いや………只、似てるなぁと思って」

「誰に?」

「秘密」



その答えにレジウィーダはケチーと不貞腐れた。


「怒るなよ。まぁ、とにかく……君は色々な人から愛されてるって事だよ」

「はぁ?」



訳がわからない。そう言いたそうな顔だった。ラルゴの「殺したくはない」、賛同しなければ殺すと言ったにも関わらず仲間の元に返してくれると言う矛盾な言動。

それにクリフが残した言葉。意味は今一理解は出来なかったが、彼女を本当に心配しているのだけはわかった。

そんな彼らの目は、父が娘を思う。弟が姉を思う……もしくは、友を思うそれにとてもよく似ている















そんな気がした。

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