A requiem to give to you- 鏡合わせの濡れ紅(3/7) -
(理由を知らなかったとしても大分胡散臭いわねぇ)
恐らく譜石が欠けてるのも、意図的にそうしたのだろう。
タリスがそんな事を思っていると、ジェイドがポツリと呟いた。
「英雄、ねぇ……」
「何か? カーティス大佐」
アルバインがジェイドを睨んだ。
「……いえ。それでは同行者は、私と誰になりましょう?」
「ローレライ教団としてはティアとヴァンを同行させたいと存じます」
モースが言う。ファブレ公爵は息子に訊ねた。
「ルーク。お前は誰を連れて行きたい? ……おお、そうだ。ガイを世話係に連れて行くといい」
「師匠がいるなら何でも良いや。……あ、待てよ。じゃあタリスとヒースも連れて行きたい」
ルークの指名した名にタリスは微笑み、ファブレ公爵は複雑な表情をしながらも頷いた。
ナタリアは隣に座った父に懸命に訴えかけている。
「お父様、やはりわたくしも使者として一緒に……」
「それはならぬと昨晩も申したはず!」
ナタリアは憮然として黙り込む。ルークがインゴベルトに伺った。
「伯父上。俺、師匠に会ってきて良いですか?」
「好きにしなさい。他の同行者は城の前に待たせておこう」
そうしてタリス達のアクゼリュス行きは決まった。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
バチカル城の地下にある罪人部屋。ルークは案内を受けて部屋に入る。ヴァンはちょうど格子戸の中から解放されたところだった。
「師匠!」
「簡単な経緯はご説明してあります」
駆け寄ったルークに告げて、兵士は部屋を出て行った。ヴァンはそれを見送った後、ルークを向いて口を開いた。
「今ここには私たちしかいない。だから私の言うことを落ち着いて聞いてほしい」
「……へ?」
「私の元へ来ないか? 神託の盾騎士団の一員として」
その言葉にルークは動揺した。
「……師匠、何言ってんだよ」
「お前はアクゼリュス行きを簡単に考えているだろう。だが、その役目を果たすことで、お前はキムラスカの飼い犬として一生バチカルに縛り付けられて生きることになる」
「ど、どうしてだよ。師匠が言ったんだぜ。英雄になれば、自由になれるって」
「しかしアクゼリュスはまずいのだ。お前もユリア・ジュエの預言を聞いただろう」
「ああ。俺がキムラスカを繁栄に導くとかって」
「その預言には続きがある。『若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって』と。教団の上層部では、お前がルグニカ平野に戦争をもたらすと考えている」
「俺が戦争を……? そんな馬鹿な!」
「ユリアの預言は今まで一度も外れたことがない。一度も、だ。私はお前が戦争に利用される前に助けてやりたいのだ」
真っ直ぐなヴァンの言葉に、ルークの心は揺らぐ。
「……でも、どうしたら良いんだよ。俺がアクゼリュスに行かないと街がヤバいんだろ?」
「預言はこう詠まれている。お前がアクゼリュスの人々を連れて移動する。その結果、戦争が起こる、と。だからアクゼリュスから住民を動かさず、障気をなくせば良い」
「障気って……あの毒みたいなのだろ。でもどうやって?」
「超振動を起こして障気を中和する。その後、私と共にダアトへ亡命すればいい」
街も救えて、戦争も回避し、自身も確かな自由をが手に入る。こんな素敵な話があるだろうか。何よりもそれは、自身の敬愛する師からの誘いだ。
そんな彼の期待にルークは応えたいと思う反面、心に引っ掛かりを覚える。
「……やれるかな。超振動だって自分で起こせるかどうか」
「私も力を貸す。船の上で超振動の暴走を収めてやったようにな」
その言葉にルークは漸く安心感に包まれた。ケセドニアへ向かう船の上で突然暴走した超振動。あの時は本当に恐ろしかった。ヴァンが助けてくれなかったらと思うと、ルークは身震いがした。
「……分かった。俺、やってみる」
その言葉にヴァンは頷き、途端に真剣な表情でルークを見つめる。
「この計画の事は、直前まで誰にも言ってはならないぞ。特にキムラスカの人間に知れれば、お前をダアトに亡命させる機会が無くなってしまう」
「……なぁ、師匠はどうしてそんなに俺のこと、親身になってくれるんだ?」
「……お前は記憶障害で忘れてしまったのだったな」
ルークは首を傾げた。
「俺が何か言ったのか?」
「私と共にダアトへ行きたい。……幼いお前はそう言った。超振動の研究で酷い実験を受けたお前は、この国から逃げたがっていたのだ」
だから……私がお前を拐った。七年前のあの日に。そう、告げられた言葉は衝撃的な物だった。
「師匠が!? 俺を誘拐したのはマルクトじゃなくて師匠だったのか!?」
「今度はしくじったりしない。私には、お前が必要なのだ」
「……俺、人に必要だなんて言われたの初めてだ」
ルークは声を震わせて俯いた。冷たい父。利用するために軟禁していた伯父。母は優しくしてくれるが、それでも過去の記憶はまだ思い出さないのか、と時折問われるのは辛かった。
何も知らないことで呆れられ、眉を顰められる。ナタリアもガイもフィーナも本当に求めているのは誘拐される前の記憶を持った《ルーク》で、記憶のない自分は必要とされていないのではないか、と思える事があった。
「師匠は、いつも俺のこと褒めたり叱ったり、本気で接してくれてたもんな」
過去の記憶を思い出せ、とは言わなかった。知らない事を馬鹿にしなかった。間違っていたら叱ってくれ、覚えられたら褒めてくれた。
「俺……師匠についてくよ!」
「よし。では行こうか。お前自身の未来を掴み取る為に」
「はいっ!」
ルークは元気良く頷いた。その顔は今までで一番幸せそうな笑顔だった。
「…………」
部屋の入口付近で話を聞いてしまったタリスは仔ライガを強く抱き締めて俯いていた。隣にいるナタリアが心配そうな視線を向けるが、一向に顔を上げなかった。
暫くそのままでいたが、ルーク達が部屋を出ようと動き出す気配を感じ、結局何も言わぬまま部屋を後にした。
.