A requiem to give to you- 黒銀と白金(8/8) -
糸を燃やし終えると、レジウィーダは少し疲れたように一つ息を吐いた。
「ふぅ、これで動けるよ。……あとコレも、はい」
そう言ってレジウィーダはフィリアムの前に薙刀を差し出した。フィリアムはそれを奪うように取ると素早く彼女の首筋に刃を宛てた。
「レジウィーダ!」
ヒースが叫ぶが、動くに動けない。フィリアムはレジウィーダを睨みつけながら口を開いた。
「逃げるなり倒すなりすれば良かったものを……。敵に武器を返すだなんてどれだけ甘いんだよ、アンタは」
「それを言うなら………フィリアムも十分甘いよ」
レジウィーダは特に臆するわけでもなく、只フィリアムを静かに見つめて返した。
その言葉にフィリアムは眉を寄せた。
「どういう意味だ……」
「なんて言うか……殺気立ってる割りには攻撃事態どこか手加減してるみたいだし、……実は結構躊躇してたりするんじゃないかな?」
その言葉にフィリアムは驚いたように肩を揺らした。確かに彼女を本当に殺すつもりだとしたら、今みたいに首筋に刃を宛てるだけに留めずにそのまま首を跳ね飛ばしていたことだろう。
「そ、そんな事はないっ!」
「じゃあ何でその手が震えてるんだ?」
そう言ってレジウィーダが指差す先にある彼の手は、微かではあるがカタカタと震えていた。これだけ近くにあれば、流石の彼女でも気が付いたのだった。
それを確認したレジウィーダは手を切らぬよう刃の側面に指をあて、薙刀をそっと退けた。
「フィリアム、一つだけ言っておくけど……覚悟が出来てないなら最初からやるな。あたしだったから良かったもけど、そんな中途半端な覚悟だとそれこそ返り討ちにあって死ぬよ」
低い怒気の含んだ声で言われた言葉にフィリアムは目を見開いた後、顔を歪めて俯いた。
これで一先ず落ち着いたかな、とヒースが成り行きを見守っていると、遠くから足音が聞こえてきたのに気が付いた。
警戒してその人物が現れるのを待っていると、その人物は呆れたような溜め息を吐いた。
「突然任務を放棄してどっか行ったと思ったら、何してるわけさ?」
フィリアム、と彼の名前を呼んだその人物とは、仮面を着けた少年《烈風のシンク》だった。シンクはレジウィーダ、そしてヒースを見るともう一度溜め息を吐く。
「オマケに何でコイツらまでここにいるわけ? 捕まえるにしろ殺すにしろ、もっと頭使ってやりなよね」
只でさえレジウィーダは手強いんだから、と言われた言葉にレジウィーダとヒースは怪訝そうにし、フィリアムは顔を反らした。
「殺すなら何と無くわかるけど、何で捕まえる?」
「ボク達は任務でアンタを見付け次第殺すか捕えるかしろって言われてたんだよね。因みに捕まえるならこちらに引き込めってさ」
「任務内容バラして良いのかよ……」
ヒースがボソリと呟いたがシンクには聞こえていたらしく、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「別に構わないよ。どうせもう逃げられやしないんだから」
そう言いながらシンクはゆっくりとレジウィーダに近付いて行く。
「そうだとしても、あたしがそのまま大人しくしてると思う?」
レジウィーダはいつでも逃げられるようにヒースの袖を掴み少しずつ後退していると、シンクは急に真剣な顔付きになって言った。
「導師がこちらの手にある、と言っても?」
その言葉に二人はピタリと立ち止まり、驚愕に目を見開いた。しかしヒースは直ぐにハッとして返した。
「ちょっと待て。導師はさっき大佐やアニス達と一緒にいた筈だ」
「そうだね。でも今何時だと思ってる?」
元々この場所が暗いせいでわからなかったが、既に時は夜。普通の人は寝ている時間になっていた。その意味がわかったヒースは頭を抱えてレジウィーダを振り返った。
「これは後でしっかりとアニスに言っておいた方が良いんじゃないか?」
「そ、そうだね……」
それにレジウィーダは苦笑していると再びシンクが口を開く。
「で、どうする? このまま逃げても構わないけど、その場合、導師がどうなっても知らないよ。別にあの導師を殺したりした所で、ボク達はあまり問題はないからね」
代わりはいくらでもいるんだから、と続けられた言葉にヒースは意味がわからないと眉を寄せ、レジウィーダは「シンク!」と怒鳴ったが、シンクは意見を変えるつもりはなく「フン」と鼻を鳴らすだけだった。
そんな彼の様子に更に続けようとした言葉を呑み込み、やがてレジウィーダは小さく頷いて両手を上げた。
「わかった……逃げないよ。殺すなり捕まえるなり好きにすれば良い。どちらにしてもアイツに下るつもりはないから。……だけどヒースだけは」
逃がして、と言おうとしたが、言い切る前にその要望は却下されてしまった。
「そいつを逃がすのは無理だね。ここまで知られてるんだから」
でも、と続けてシンクはヒースを見た。
「殺しはしないから安心しなよ。アンタもこの人も。……別に不必要な争いをしたいわけじゃないからね」
面倒くさいし、と最後に呟いた言葉は二人には聞こえなかった。
レジウィーダは申し訳なさそうにヒースを見ると彼は「構わない」と言った。
「どの道武器だって壊れてもうないし、逃げても……戦ったとしても無駄だ。僕なんかが敵う相手じゃない事くらいわかる」
「…………また巻き込んだね、ごめん」
また、とはこの世界に来た時の事を言っているのだろうか。ヒースは一瞬だけそう思ったが、ついに俯いてしまったレジウィーダを見て首を振った。
「良い、と言うかそんなの今更だからな。それに導師の事もあるし……少し気になる事もあるからな」
「? 少し何だって?」
「……いや、何でもない」
そう言ってヒースは後ろにいたフィリアムを一瞥し、いつの間にか出口に向かって歩き出していたシンクの後を追った。
「? ……ま、良いや」
レジウィーダはフィリアムを振り返ると彼は無言で歩き出した。その顔は何かを深く考えているようだった。
そんな彼の背にレジウィーダは「フィリアム」と小さく呼び止めると、彼は振り返らずに立ち止まった。
「あたしはいつでもアンタを大切な弟だと思ってる。レプリカだとかそんなの関係なく、ね。だから……例えそっちがいくら殺そうとして来ても、殺されるつもりはないよ。勿論あたしも殺さない。……寧ろ守る、そして助けるから」
それだけは覚えておいて
「…………」
レジウィーダは呆然と目を見開くフィリアムを横切って先に行った。フィリアムはその後ろ姿を暫く見ていたが、直ぐに顔をくしゃりと歪めると意を決したように走り出した。
そして数分後、どこからか置いてきぼりを喰らった鮮血の怒鳴り声が暗い廃工場に響き伝わってきたのだった。
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