A requiem to give to you
- 置き去りの時間(10/11) -



最初はお隣さんと二人きり。そこにお嬢様を巻き込み、数年経って更に煩い小娘が捩じ込んできた。…………本当にそれだけなのか?

まだ、誰かいなかったか? それも、宙が来るよりもずっと昔から………



「ねぇ」



ふと、今まで黙っていたタリスが口を開いた。



「そこまで疑問を持ったならば、逆にいつからないのか…………いえ、いつから記憶がハッキリしているのかって、思わない?」

「……………?」



いつから記憶がないのか、ではなく"記憶が鮮明としているのはいつからか"。それはわかっている。



「二年ほど前………じゃねーか? 確か、お前が彼女になったくらいからは記憶がハッキリとしてるかも………………って、え?」



あれ、と何がつっかえるものを感じて首を傾げるとタリスは苦笑を漏らした。



「私と貴方が今の関係になったのは元の世界の時間で二年前の春よ。桜がとっても綺麗だったわ………美しく舞うあの風景をあの子がとても喜んでいたのもよく覚えてる」

「そう、なのか?」



宙が桜を好きなのは知っていた。しかし、それもよくよく考えてみれば誰かから聞いた訳でもなければ、それを見て喜ぶ姿を見た事がある訳でもなかった。ただ、それを何故か理解していただけ……。



「二年前の丁度あの頃、あの子が入院したの。それは覚えてる?」

「入院? ………あー、確かなんか怪我したとかで一週間くらいしてたか…………………っ────ちょっと待て」




確か、宙が入院したのは彼女の誕生日の時だった筈。それと同時期に涙子が恋人になっている。………この時期に?



「………なぁ、オレもしかしてアイツになんかやったか?」

「何を考えているか知らないけど、多分貴方の思い描いた想像とは違うわ」

「じゃあ、お前が」

「ちょん切るわよ」
















「スミマセンデシタ」



目がマジです。せめていつもみたいにvか♪を付けてください怖いです。そんな事を思いながら慌てて謝る。そんな彼にタリスは一つ大きな溜め息を吐くと、悲しげに目線を下げた。



「あの子の入院………と、言うよりも、あの時にあの子に起こった事と今の私達の状態が全くの無関係でない事は確かよ」

「それは……」



その言葉の続きは、タリスが己の口許に手を添えた事によって遮られた。



「ごめんなさい。………今は、これ以上何も言わないで。きっと私は、貴方の持つ疑問に答える事が出来る。でも、」



今は少し、考えたいの。



「必ず………必ず話すから、全部。私の知っている事を。だからもう少しだけ、私に時間を頂戴」



そう懇願する彼女の顔は伺えない。しかし、口許に置かれた手から伝わる振動が、彼女の心境を表しているように思えた。
グレイは口許にある手を取ってそっと降ろすと、そのまま引いて歩き出した。



「グレイ?」

「オレは、大事なモンを泣かせてまで強制する気はねーよ」

「……別に、泣いてなんかいないわ」



確かに顔を上げた彼女の目に涙はない。しかし、グレイにはその心が泣いているように思えてならなかった。



「それでも、ちゃんと待ってるから。ゆっくりで良い。お前が話したくなったら、聞かせろよ」

「───……………ありがとう。……………あのね」



タリスは足を止め、グレイも彼女を振り返って続きを待つ。タリスは真っ直ぐと彼の目を見詰めると、優しく微笑んだ。



「私、貴方が好きよ。ずっとずっと昔から、貴方が好き……………それだけは変わらないわ」

「そうかよ………………………

















ありがと」



一言だけ、グレイはそう返すと再び前を向いて歩き出した。繋いだその手に力が籠った事に気付いたタリスは彼に悟られぬよう、静かに涙を流した。

それから市場で騒がしい同行者達と合流するのは直ぐ後の事である。












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