A requiem to give to you
- 置き去りの時間(5/11) -


「"宙"、ね……」



目の前の彼から唐突に出た名前を繰り返すと、ジェイドは一つ頷いてどこか懐かしむように窓の外を見ながら言った。



「あの方と出会ったのは本当に昔の事です。私がまだ十にも満たない頃でしたね。その方はなんと言うか………人の予想の斜め上を行く人で、時折性別すら疑問に思う行動取る事が多々あり、更には年齢偽装疑惑すら思わせるような、そんな人でした」

「どんな人だよソレ」



結局それって完全に只の不振人物な上、女だと思われてないだろソイツ。そんなツッコミを入れたい気持ちを抑えつつレジウィーダは顔を引き吊らせていると、ジェイドは苦笑しながら肩を竦めた。



「そのままの意味です。要するにそれだけよくわからない人なんですよ」

「へー」



それは君も人の事言えないんじゃないかい、とは間違っても言わない。

彼の言う"宙"とは、十中八九ディストや、旅立って間もない頃に出会った人達の示す人物と同じなのだろう。

よくわからないと言いつつも話したがるのは何故か。恐らく、よくわからないなりにその人物は彼の中で根強い影響を与えていたのだろう。そしてそれをレジウィーダに話したのは、彼女の容姿に疑問を持ったからではないだろうか。

しかし彼の言い回しや、時折感じていた探るような視線からすると、自分と彼の記憶に存在する人物は=《イコール》では結び付いていないらしい。

そこでふと、レジウィーダは思い出した。



(そっか、彼はあたしが"何"だか知らないんだ)



ダアトを旅立つ前、ディストが言っていたタイムカプセルを掘り出した際に彼はいなかったらしい。だから彼の中では宙は死んだことになっている………いつかのディストがそうだったように。



(そもそも、そう思ってたからこそフィリアムが生まれたんだよなー)

「レジウィーダ?」



深く考え込み過ぎたらしい。急に何も言わなくなったレジウィーダにジェイドは訝しげに名前を呼んだ。



「んー? あーいや、ちょっと考え事をねー」

「考え事、ですか」


何か言いたげに視線を寄越しながらそう呟くジェイド。しかしレジウィーダはそんな彼の呟きを流すと再び苦笑した。



「それよりさ。結局の所、ジェイド君の言う宙とやらは、君の中であたしとどう関係があるのかな?」



別に彼は思い出話に花を咲かせたい訳ではないのだろう。どうせディストやどこぞの雪国のお偉いさんは知っているのだし、何よりレジウィーダ自身もいつかは彼とも話さなければならないと思っていたところだ。ならばいきなり本題に踏み込んだところで問題はないだろう。そう思って問い掛けると、ジェイドの纏う空気があからさまに変わったのがわかった。



「それは貴女が………」

「彼女と似ている?」

「………………………………………


















ええ、とても」



まるで他人とは思えない程に。そう言ったジェイドは眼鏡のブリッジを押し上げていた為、その表情は窺えなかった。しかしレジウィーダの顔には笑みが浮かんでいた。



「君って意外とわかりやすいね」

「おや、そうでしょうか。………そんな事を言われたのは初めてです」

「そうなんだ。でもきっと、君をよく知る人は言わないだけでそう思っているかも知れないね」



そう言うとジェイドは驚いたりはしないものの、どこか考える素振りを見せ、それから「おや?」と気付いたように疑問を投げ掛けてきた。



「その言い方ですと、貴女は私をよく知っていると言うことになりませんか?」

「うん、言うと思った」

「…………………………」

「いや、そんな顔で無言にならんで下さい。怖いっす。展開的にありだと思っただけですって」



急に無表情で黙りこんだ彼にレジウィーダは軽く背筋が寒くなるのを感じ、慌てて弁解した。



「大体、君をよく知ってるとかそう言う以前に、君自身が元々相当な有名人じゃないか」

「そうですね。ですがそれは内面までは知る事はできません」



(つまりそれってさっきあたしが言ったのが当たってたって事だよな……?)



ソレが事実なら彼は今この瞬間、彼自身のプライドに関わるとんでもない弱点を曝した事になるのでは、とも思ったが、話がややこしくなるので言葉には出さないでおいた。

そもそも今の話題は彼の事ではない筈だ。これ以上脱線しても不毛すぎる。そんな事を思っている内に、ジェイドは一つ大きな溜め息を吐くと、真っ直ぐとレジウィーダを見据えた。

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