A requiem to give to you
- 陽炎と灼熱少年(5/7) -



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「では、後は頼んだぞ」



ダアト行きの船が停泊するケセドニア・キムラスカ側港。ヴァンは連絡を受けて来ていたリグレットにアリエッタを引き渡しそう言った。リグレットは「了解」と一言返し、アリエッタを引き連れ船に乗り込もうとしたが、アリエッタは俯いたままその場を動こうとはしなかった。



「アリエッタ?」



リグレットが不思議そうに彼女の名を呼べば、アリエッタは抱き締めていた縫いぐるみに顔を埋め、か細い声で言った。



「総長、ごめんなさい……」



海の波と人の賑わう声に呑まれそうな、本当に小さな声だった。しかしヴァンの耳にはしっかりと届いていた様で、彼は微笑みを浮かべるとアリエッタの頭を優しい手付きで撫でた。



「お前も私の大事な仲間だ。失うのは惜しい。それに今回の事は私の、アッシュの監督不届きが招いた事だ。だから出来る限り助けよう」



仲間、それは彼の"計画"を遂行する為の駒の意。しかしアリエッタにとって「仲間」とはとても大切なモノ達を指す言葉だ。彼の言葉の裏に気付いているかは定かではないが、アリエッタは顔を上げると小さくはにかむように笑って頷いた。



「………うん」



それからアリエッタはヴァンに手を振ると、今度こそリグレットに連れられて船の中へと入っていった。彼女達を最期に船は直ぐに出航し、それを見送ったヴァンは踵を返して背を向けた。

しかしその表情には先程までの柔和な雰囲気はなくなっていた。



「……怒ってる?」



そんな声が投げ掛けられ、ヴァンは声の主を振り向いた。そこには日陰に隠れるようにして佇むフィリアムがいた。ヴァンは彼の言葉に一瞬だけ目を見張ると、首を横に振った。



「別に怒ってなどいない。ただ、最近妙な事が続いていてな……どうにも落ち着かんのだ」

「普段どんな事が起きても冷静に流せるアンタが? 珍しいな」

「……そう言われると言い返せん」



思わず苦笑が漏れる。しかし直ぐにそれを引っ込めると今度は自信に満ちた笑みを浮かべた。



「だが、何が起きようとも私の計画は止まりはせん。確実に進めていくだけだ」



それにフィリアムは微妙な顔をした。



「その計画って……前に言ってた"アレ"の事だよな」



流石に公共の面前で白昼堂々とレプリカ大地計画の事を話す訳にもいかずにぼかしてそう言うとヴァンは如何にもと頷いた。



「そうだ。……しかし、お前はあまり乗り気ではなさそうだな」

「乗り気って言うか……よく、わからない」



ヴァンの言う、預言のないレプリカだけの世界。そもそもフィリアムには被験者を含め預言が存在しないのだから、興味がないのだ。だから当然、預言によって何かしらの被害にあった訳でもない。レプリカ大地にしたってそうだ。全てがレプリカだけになれば自分を普通の人間と区別をする必要もなくなるし、珍しいからと言って変な実験をされそうになったりはしないのだから寧ろ好都合とも取れるだろう。

しかし、彼にも少なからず関わってきた存在がいるのだ。自分を認めてくれた人達。今では殆どやらなくなったが、時にはちょっとしたバカなんかもしていた。その時間は決して無駄とは感じなかったし、詰まらなくもなかった。寧ろどこか懐かしささえ感じていた。そんな人達や、その思い出までもが消えるのは、少し寂しい………かも知れない。



(…………って、あれ?)



色々な人達を思い浮かべていたフィリアムは、ある人物を思い出してふと気が付いた。

彼の中で今、最も大きな存在となっているのはグレイだった。彼はフィリアムが生まれてから一番最初に自分と言う存在を認め、受け入れてくれた。その彼はヴァンの計画を知っていて、尚且つ協力をしている。

しかしそれは一体何故なのだろうか……と、そこまで考えた時、彼が異世界の住人である事を思い出したのだった。


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