A requiem to give to you
- 早朝の図書館(1/8) -



教会の鐘が朝を知らせる音を鳴らした。静かな街にそれは水が波打つように響き渡り、やがて家々から少しずつ人が出てきた。よく熟れた果物などの食材から衣服、武器などの品々を運び、店を開く準備をする人々と擦れ違いながらレジウィーダは感嘆の声を漏らした。



「ここがダアトって街なんだね。おっきい場所だなー。それに店がたくさんあるよ」

「商業区ですからね」



相変わらず椅子に座りながら移動するディストが短く答えた。それにレジウィーダは更に言った。



「区分けされてるって言っても商業区だけでこの広さだよ? まるで小さな国みたいだね」

「そうですね……。ここダアトはローレライ教団総本部ですし、何よりこの世界の二大国家のどちらにも属しません。……貴女の言う通り、ある意味一つの国のようなものなのかも知れません」

「そっか」



すごいなー、と言うレジウィーダの後ろで大きなくしゃみが聞こえた。振り返るとそこには火山を出てから一言も喋らなかったグレイが両腕を擦り震えながら最後尾を歩いていた。



「寒いのか?」



ヴァンがそう問うと、グレイは素直に首を縦に振った。



「そう言えばアンタって、寒いのが苦手だったっけ」

「確かに今は冬の真っ只中だが、ここは火山に近いのもあって比較的暖かい筈だ。そんな極度に駄目なのか?」

「………そう言う訳じゃねーよ」



グレイが絞り出すように答えると、ディストが思い出したかのように手をポンッと叩いた。



「そう言えば、ザレッホ火山へ行く前は彼、アラミス湧水洞で水浸しになっていましたからね」



火山の熱で服が乾いていたので忘れてました、と言うディストにレジウィーダは「忘れるなよ」と半ば呆れながらグレイに触れてみた。



「……って、服生乾きじゃんか」

「うっせェ触ンなボケ」

「なっ……」



手を振りほどき、悪態を吐くグレイにレジウィーダは文句を言おうと口を開いたが、彼女が言葉を発する前に彼はフィリアムを向いた。



「それを言ったらフィリアムもだろうが」

「……え?」



不意に出た自分の名前に街をボーッと街を見渡しながら歩いていたフィリアムはびっくりしながら振り返った。



「え、じゃねーよ。お前も散々ずぶ濡れになったろ」

「あ、あぁ……うん。でも俺、全然寒くないから」



少し涼しいくらい、と言う彼にヴァンは「それは流石にないだろう」と心配する様子を見せる。しかし実際、フィリアムの服も生乾きだったが、まるで平気そうな顔をしていた。



「どうやらフィリアムは耐寒力が相当強いみたいですね」



ディストが観察するかのように言う。それにフィリアムは居心地が悪そうに顔を逸らすが、顔を向けた先にいたレジウィーダに思いっきり笑顔を向けられた。



「寒いの平気なんだ? じゃあ、冬は遊び放題だね!」

「遊び?」



疑問符で返された言葉にレジウィーダはうんうんと頷いた。



「そ。例えば雪なんか降ってみなよ。おっきなかまくらや雪ダルマを作ったり、雪合戦したり、型とったり、かき氷だって食べ放題なんだよ!」

「……最後に二つが明らかにおかしいだろ」

「細かい事は気にしない☆」

「細かくねーし! つーか雪なんか食ったら腹壊すわ!」

「それ以前にダアトに雪は降らんぞ」



先程も言った通り温暖な地だからな、と冷静にツッコミを入れるヴァン。それにレジウィーダはショックを受けた顔になり、グレイはあからさまに安堵していた。



「そ、そんな………冬の醍醐味だったのに」

「醍醐味っつったって、オレらの住んでた街でも滅多に降らねーだろ」



グレイのトドメの一撃にレジウィーダは珍しくも完全に沈黙したのだった。


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