A requiem to give to you- 家眷と花瞼の姫君(4/6) -
「タリスは……ルークが記憶障害を患っているのをご存知?」
「ええ……」
数年前、誘拐された後遺症からか日常生活に支障が出る程の重い記憶障害になってしまったと言う事は既に聞いていた。今も記憶を思い出す事はなく、日常生活においても、全てガイに教えられて今に至っていると言う。
「記憶を失ってからのルークはまるで人が変わってしまいましたわ。わたくしに向ける視線も……冷たく、て。……記憶を、思い出して欲しくて、毎日会いに行っても、次第に……煩わしく思われるようになってしまって……」
だから……
「羨ましかったんで、す。わたくしでも近づける事の出来なかった距離まで、彼に許された貴女が……」
ナタリアはいつの間にか流れ出していた涙を身に纏う青いドレスの裾で拭う。それをタリスはそっと止めて自分のハンカチを渡した。
彼女は寂しかったのだ。どんなに頑張っても、最愛の人の記憶は戻る所か、「ウザい」、「しつこい」と言われ、逆に遠ざけれる事が
とても悲しかったのだ。
「そうだったんですね……」
「はい……。ですからこれはわたくしの勝手な嫉妬なのですわ。タリスが謝る必要はありませんの」
タリスからハンカチを受け取ったナタリアは先程と同じ言葉を言うと、閉じた花瞼の下を流れる涙をゆっくりと拭いた。
「だから……わたくしこそ、ごめんなさい」
そう言って頭を下げるナタリアに今度はタリスが慌てた。
「ナタリア様! 頭をお上げ下さい!」
国の王女がたかが使用人に如きに頭を下げる必要はない。それ以前にそれこそ誰かに知られれば大問題だ、とタリスは言う。……しかしナタリアは、
「ナタリア、で良いですわ」
「…………え」
呆然とするタリスを他所に顔を上げたナタリアの目元はまだ赤かったが、そこに浮かべていたのは優しげな一人の少女の笑みだった。
「ルークの事だって呼び捨てで呼んでいるのでしょう? なら、わたくしの事もナタリア、と呼んで下さいな」
「でも………」
流石にそれは、と困ったように返すタリスにナタリアは彼女の両手を取り、どこか気恥ずかしそう言った。
「あの……こう言っては図々しいとは思いますが、わたくしとも…………友達に、なって下さいませんか?」
「ナタリア様……」
「ナタリア、です」
言ってくれるまで離さない、とでも言うように必死な目で訴えてくる王女様についにタリスの方が折れた。
「もう……。私、こう言うのに弱いのよねぇ。
ナタリア」
そう言って漸く名を呼んでもらえたナタリアはとても嬉しそうに微笑んでいた。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
.