A requiem to give to you
- 家眷と花瞼の姫君(3/6) -



「こんな所にいらしたんですね」

「……………」



ナタリアは答えなかった。タリスは「失礼しますね」と言って彼女の隣にしゃがむと、再びゆっくりと口を開いた。



「ルーク様はあのように仰っていましたけれど、本当は私達の方から彼に無理を言って頼み込んだんです」



それにピクリとナタリアが反応を示したが、やはり顔を上げる事はなかった。それでも彼女は続けた。



「……一週間前。その日はとても大切な日で、私とヒース。それからあと二人の幼馴染み達で集まる予定でした。……でも、皆が揃う前にバラバラになってしまったんです」



突然自分達の目の前にあった樹が光り出したと思えば、溢れ出した光に引き込まれ、気がついたら別の世界にいたなんて、普通誰が信じる事だろう。不本意とは言え、無理矢理送られた先に同じ被害に遭っていたヒースと再会出来たのは本当に良かったと思う。



「何とかヒースとは会う事は出来ました。でも、未だに残りの二人が見つかっていません。探しに行きたくても、正直私達はこの辺の地理はおろか常識すらわからない状態だったんです。右も左もわからなくて、家に帰ろうにも帰り方すらわからない」



そこで漸くナタリアは顔を上げた。その表情はタリスの話を訝しむと言うよりは、どこか心配するような物のような気がした。



「あの…………どうして、バラバラになってしまったんですの?」



タリスは首を横に振った。



「それすらもわかりません。ただ、気がついた時には自分の全く知らない場所にいて、知らない誰かがいて。今まで側にあったモノが消えていました」



光に引き込まれる直前、ずっと側にいた彼に手を握られた。でも、あまりの衝撃と激動の渦中に揉まれている内に、いつの間にかその手は離れていた。



「…………………」



もしかしたら自分は知らず知らずの内に寂しがっていたのかも知れない。握っていた手が離れた時、ものすごい不安と恐怖を感じた。独りと感じた時、海からの冷たい風を受けた時、冬の寒さとはまた違う冷たさ感じた。だからこそ、知っている人間に会えた時は本当にホッとしたのを覚えている。



「ふぅ……」

「どうしましたの?」



思わず溜め息が漏れていたらしい。それに気付き慌ててナタリアに軽く謝罪した。



「いけない、ごめんなさい。……それで、その時丁度ルークが側にいたんです。彼がここ、ファブレ家の嫡男だと知って、それから頼みました。使用人としてでも良いから、せめて探し人が見つかるまでここに置いてもらえないかって」



我ながら無理なお願いだとは思っていた。しかし、そこはルークの……悪く言えば甘さ、良く言えば優しさなのだろう。彼は二つ返事で了承してくれた。



「勿論、ガイには猛反対されました。でもルークやその時にいたフィーナさんが説得して下さって。その時にルーク、『同じ年頃の友達がガイ達しかいないし、どうせ邸から出られないのならもっと一緒に色んな奴といたい』と言ってたんですよ」

「ルークが……」

「その後フィーナさんの助けもあって何とか公爵様からの許可をもらって、改めて彼から『友達になってほしい』と言われました」



表立ての立場的には使用人、でもそれとは関係なしに友達になってほしい、と彼ははっきりとそう言った。勿論、タリスもヒースもそれに反対はしなかった。寧ろ本望だとすら思ったくらいだ。



「まだ出会ってから日は浅いし、いつ帰る事になるかわからないけれど、それまでは彼の望む友達になってあげたいと思ったんです。だから……」



タリスは立ち上がり、優しい眼差しでナタリアを見下ろした。



「彼を責めないであげて下さい。確かに、私も少々行き過ぎたスキンシップをしていたように思います。ルークくらいの地位の人なら、婚約者がいてもおかしくないのに……。それくらい直ぐに考え付くはずなのに、実際には貴女を傷つけてしまった。本当にごめんなさい」



そう言って頭を下げるタリスにナタリアも慌てて立ち上がると突如に否定した。



「ち、違うんです! その………貴女が謝る必要はありませんの」

「ナタリア様?」



俯き、口篭り俯くナタリアにタリスは彼女の顔を覗き込むように見た。しかし、それでも表情を窺う事は出来なかった。



「その、わたくしは……貴女が羨ましかったのですわ」

「羨ましい?」



そう訊き返すとナタリアははい、と小さく頷いた。



「わたくしはルークの婚約者です。小さい頃に彼からプロポーズの言葉をもらい、約束も交わしました。……ですが、」



そこまで言った彼女は既にかなりの涙声になっていた。タリスはそっとその背を擦りながら続きを待った。


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