A requiem to give to you- 紅葉の踊る秋の風(1/4) -
暗い暗い研究室。外界の光を一切遮断し、何者をも近付けまいとしたどこか鬱々とした空間に一人の男がいた。暫く彼は無言で部屋の中心に置かれた機械をカタカタと動かしていた。
しかしふと、その手を止めると顔を上げた。……その顔はどこか歓喜と狂気に満ちている様に思えた。
「………漸く…漸くです」
あの雪の国での惨劇から早くも20年以上の時が経ち、いつかの少年達は大人になり、各々の道を歩んでいった。その中でも銀の髪を持つの彼は、失ってしまった楽しき日々を取り戻す為にと、ずっとずっと研究に研究を重ね、今日までに至ったのだ。
彼の名はディスト。曾てサフィールと名乗っていた彼は、今では六神将と言う地位に身を置いていた。本来ならば今自分の隣にはもう一人いる筈だったのだが、もう随分前から縁を切ってしまっている。
彼との縁を結び直す為、そして再び己の古き名を呼ばれる為にも、この実験は成功させなければならない。
「………起動します」
強い想いと確かな自身を込め、ディストは禁忌のボタンを押した。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
秋は深まり、葉の紅みもより色濃くなってきた10月の初旬。とある公園の真ん中で風に揺れる紅い樹を見上げる少女がいた。
「来ないわねぇ〜♪」
細い縁の眼鏡をかけた少女はどこか歌うように声を紡ぐ。何だかそれはとても楽しそうに思えた。
……しかし、少女の直ぐ後ろにいた少年、陸也は知っていた。
彼女は今最高に不機嫌なのだと言う事を。
「ねぇ、陸也」
少女がふと、振り向きながら声をかけてきた。この少女……皆川 涙子とは何だかんだで付き合いが長い。二年程前から恋人と言う間柄になってからは学校が違うにせよ、更に共にいる時間が増えた。
あの時はまだこの樹の葉も青い季節だったなぁ、と心の片隅で思いながらも、何となく予想できる彼女の言葉に陸也は耳を傾けた。
「二人が来ないわよ」
「……そうだな」
「聖には伝えておいたんでしょう?」
「あぁ、昨日メッセで伝えといたぜ。今日集まる事は」
毎年、この時期になると涙子は陸也を含む幼馴染み達をこの場所に集める。そして目の前にあるこの大きな樹の前に花を添えるのだ。
理由はわからない。……否、わかってはいるのだが、誰の為にそんな事をしているのかがわからないのだ。何度彼女らに訊いても、曖昧な態度でかわされてしまうから尚更だ。
それでも何だか無関係とは思えないからこそ、気が付けばいつもここに来てしまう。
「メッセで伝えといたって……」
彼女の呆れたような声にそちらを見ると、案の定眉を下げて何とも言えない表情をした涙子が目に入った。
「今日会わなかったの?」
涙子の言う事は尤もだった。そもそも陸也と聖は家が隣同士であり、通っている学校も一緒だった。だから普通なら嫌でも毎日顔合わせはする筈………なのだが。
「……サボったわね」
「……………」
陸也は無言で親指を立てた。それによりヒューと秋の冷たい風が吹いた……ような感じがしたが、それがどこか痛いと感じたのは決して気のせいではないだろう。
涙子は浅く息を吐くと仕方ないわねぇ、と言うと鞄から携帯電話を取り出してどこかへとかけ始めたのだった。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
陸也と涙子が待ち惚けを喰らっているその同時刻。とある並木道では噂(?)の桐原 聖がのんびりと歩いていた。彼が耳に着けている赤いヘッドホンからは微かに音楽が漏れている事から、相当な音量であることが伺えた。
しかしこの時間のこの道は人通りも少なく、特に誰かが迷惑になるわけでもない。
……彼にとってこれ程までに幸せな時間があろうか。
「はぁ……」
不意に溜め息が漏れる。それがどう言う意味合いを持つ物なのかは本人以外にはわからなかった。ただ分かるのは、その幸せな一時(?)が次の瞬間に終わると言う事だけだった。
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