A requiem to give to you
- たゆたう心(7/7) -


自分はこの世界に来てから一度も本名を口にしていない。それに二十数年と言う時が経っていながら、恐らく彼の記憶の中とそう大差ない姿のままのレジウィーダを見て、本当に宙本人だと言い切れたのは何故か。そう問えばディストはいともあっさりと答えたのだった。



「グレイですよ」

「アイツが……?」

「一年前の貴女達がこの世界に来た日、フィリアムを見て驚いた彼から聞きました。勿論、こちらの事情を説明した上でね」

「マジでか」

「まぁ、正確にはハッキリと聞いたわけでもありませんが、直ぐに貴女の姿と行動、そしてその自鳴琴を見て確信しましたよ」



そう言ったディストの言葉にレジウィーダは驚きが隠せなかった。そもそもあのグレイが見ず知らずの人に情報を与えた事と言う事が衝撃だ。加えて彼がフィリアムの事と、自分でも知らない自分の事情を知っていたと言う事は、この一年もの間完全に彼に踊らされていたような物だった。



(あのヤロウ……最初から知ってて黙ってやがったな!)



恐らくこちらが困っている姿を見てそれは大いに楽しんでいた事だろう。そう思うと途端に奴への怒りが沸々と込み上がった。



「レジウィーダ、顔が物凄くブサイクですよ」

「いきなり失礼だな、オイ。……あ、ってかそうだ!」



ディストの暴言に突っ込みを入れた時、彼に問いたい事があったのを思い出し手を叩いた。



「取り敢えず、これであたしが以前にこの世界に来た事があるのはわかった。フィリアムがあたしのレプリカである事も。……なら、そもそも何故今になってあたしのレプリカを作ろうと思ったんだ?」

「……………っ」



レジウィーダが問うと、途端にディストは息を飲んで俯いてしまった。意外と細い十本の指は堅く握られ、震えている。余程言い辛いことなのだろうかと思いながらも顔を覗き込もうとした時、小さく震える声が聞こえてきた。



「貴女が……………だからですよ」

「あたし?」

「……っ、貴女が! 私達の前から突然消えたからっ……」



ズキン



「貴女が……私達を"あの人のなり損ない"から庇った、から……」



ズキン



「ディス、ト……?」

「死んだかと、思いました」



再び襲う頭痛に耐えながらディストを見れば、彼は顔を上げてレジウィーダの頭に手を置き、優しく撫でてきた。その表情にいつも自信に溢れたモノはなく、哀しげだけれど、どこか嬉しさや愛しさを含んでいるような気がした。



「あの時、私達は大切な人を亡くした。そして貴女までもが消え、その後も皆が皆バラバラになってしまいました。……だから私は、皆でまたあの楽しかった日々を過ごしたくて、貴女達が帰ってきて欲しくて、レプリカ研究を続けてきました」

「……………」

「私ともう一人、ジェイドも最初は研究を続けていましたが、何年か前に人体レプリカを禁忌にするや否、縁を切られてしまいました。本当は一番、貴女やあの人に帰ってきて欲しかった癖に……!!」



ディストはレジウィーダの頭から手を離すと、壁にでも叩きつけんばかりに再び拳を握り締めた。



「大体ピオニーもピオニーです! 彼だって気持ちは同じ筈だ。なのに、いつもやめろやめろと……最終的にはあのジェイドを言い包めてしまった! ジェイドがいればもっと早く完全なレプリカが作れるのに! そうしたら……貴女にだって、もっと早く会えたかも知れないのに!!」

「ディスト……っ」



それは違うよ、と言う言葉は空気となって消えた。言うな、とでも言うかのようにより強い痛みが脳に走る。ディストは自分が死んだと思ったからフィリアムを作ったと言った。だけど仮に本当に自分が死んでいたとしても、作ったレプリカが彼の思い出にいる"宙"と成り得る事はない。何故ならそのレプリカには彼らと過ごした記憶がないのだから。それは脳内の記憶だけに留まらず、実際に体感した経験……身体の記憶にも言えることだ。心が覚えていなくても、身体に残る感覚だけは……一度覚えたら絶対に消える事はないのだ。現に目の前の彼は自分を"あの時"から変わらないと言っていた。それはレジウィーダが今まで生きてきた中で刻み込まれた身体の記憶があるからこそ、その動きや考え方から確信を得たに過ぎない。

人は似る事はあれど、全く同じなんて物はない。そこのある心が全く同じになんてなる事は、個々に思想がある限り、絶対にない………それをディストに伝えたかった。だけどそれが言葉になる事はなく、気が付けば煩いまでの彼の言葉が遠くなっていた。












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