(これがローレライの使者、ねー………)
こんなチンピラ似非坊主みたいのが、と思わず言葉を漏らすと「なんだ」と睨まれた。だがしかし、ケーキ片手に睨まれても些か迫力に欠けていた。
「何でもないんだけどさー……」
「その割には凄く疑り深い視線をくれてやがるな」
それはそうだろう。誰がいきなりローレライの使者だの、お前は記憶が欠落しているだの言われて「はい、そーですか」と納得出来るのだ。しかもきちんと説明をしてくるのかと思いきや、掃除のおばちゃんが図書館に入ってきて話を中断させられ、いきなり「部屋に連れてけ」と言い出したのだ。そしてそれ以来、何故かずっと人の部屋に居座り込んでいる。
「何かもう、色々と心臓に悪いよ……」
こんな奴でも一応男(そもそもきちんとした性別があるのかすら謎だが……)で、見たところ成人はしていそうな大人だ。元の世界でさえ母親と二人暮しでまともに大人の男性と一つの屋根の下でここ数年過ごしていないと言うのに、何故よりによってこの男と二人で同じ部屋の中で過ごさねばならないのだろうか。何故……よりによってローレライの使者がこのような姿なのだろうか……これは一種の虐めなのか。
そんな事を思っていると、彼は先程の呟きを鼻で笑っていた。
「お前がそんな弱々しいタマかよ」
「……煩いな、アンタにあたしの何がわかるってんだよ」
ムゥ、とむくれて言えばトゥナロはあっさりと
「少なくとも今のお前以上には知ってるだろうよ」
とか宣いやがりました。だがレジウィーダ自身、自分の事がわからないのは確かだった。
一つ目はフィリアムの事。彼が本当に自分のレプリカだったなら、以前にこの世界に来た事がある筈なのだ。しかしレジウィーダにそのような記憶はない。二つ目は記憶。この世界の事もそうだが、何よりも知人の覚えのない言葉と見た事すらない人達の記憶。今は何故かどうやってもそれら思い出す事が出来ないのだが、見た瞬間に妙な懐かしさを感じた事から、あれが自分自身の記憶である事は間違いないのだろう。
そして三つ目は……鍵の行方。"最初の時"以来、門は開いてはいないからグレイが管理していた筈。だがもしも本当にレジウィーダがこの世界に一度来ていたのなら、彼から鍵を持ち出している事になる。
これらの事を図書館でトゥナロに言った時、彼はこう答えた。
『本当にそれらに覚えがないと言う自信があるのなら、そもそもそんな疑問は抱かない』
つまりは全て本当の事だ、と言う事なのだろう。なら自分がこの世界に初めて来た時の記憶はどうしたのだと再度問えば、『オレはお前じゃないから知るわけない』と言われてしまった。
しかしその直ぐ後に彼はこうも言ったのだ。
『ないなら必ずどこかに落ちてるだろう』
と。……てか、
「大体、落ちてるって何だよ。あたしの記憶は家の鍵かっての」
「似たような物だろ?」
「いや、全然違うだろ!」
バンッとテーブルを叩きながら怒鳴ると、トゥナロは最後の一口を食べながら言った。
「違わねーよ。お前の記憶はただ抜け落ちてるって訳じゃねーんだから」
そう、彼が言うには"封印"されているらしい。しかもそれは彼女自身にではない。だから思い出せる筈がない。
「じゃあ、アンタと会う前に見たアレは何だったんだよ」
自分自身に記憶が封印されていないのなら、あのような記憶の断片みたいなモノすら見る筈はないのだ。
「そりゃアレだ。お前、封印に触れたからかも知れないな」
「封印に触れる……?」
あの時、記憶の断片を見る直前に触れたモノと言えば…………フィリアム?
「……いや、まさかそんな。いやでも………」
「手っ取り早く知りたいのなら、創造主に聞いてみるのが一番だろうよ」
「え………あ、ちょっと!」
トゥナロの言葉にレジウィーダが彼を見れば、いつの間にか彼は立ち上がり窓から飛び降りていた。
「……何なんだよ、アイツ」
呆然とそれを見送っていると、勢いよく部屋の扉が開かれた。
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