A requiem to give to you
- 開花の兆し・後編(5/12) -



「……じゃねぇ」



ふざけんじゃねぇっ!!

ガンッ、と近くの壁を勢い良く殴ると、相手はその只ならぬ雰囲気に驚いて口を閉ざした。



「俺は……もう、違げぇんだよ………」



あの家の者じゃない。あそこはもう……俺の居場所じゃなく、己のレプリカのモノだ。



「俺は……帰る場所も、大切な物も……何も、持っちゃいねぇんだよ………」



俯き、覚束ないながらも一歩、また一歩と確実に相手へと足を進める。それに言い知れぬ恐怖を感じた相手らは震える手で武器を構えた。



「だ、だから何だってんだよ!」

「俺達はなァ、金さえ手に入りゃあお前の境遇なんてどうでも良いんだよ!」



それにククッ、とアッシュは小さく笑った。



「ああ、それはそうだろうな。そんな他人の事情なんぞ気にしてたら人身売買なんて出来る訳がねぇ。だが、それはこちらも同じ事だ」



顔を上げ、しっかりと地面に足を着けて立つとアッシュは剣を構える。



「てめぇらが何を思ってこんな事をしてるか、そんな事はどうでも良い。……ただ一つ言うならば、てめぇらは決して触れてはならねぇモノに触れたって事だ」



口元が上がるのがわかる。それに相手は己の死を確信した。



「や、やめ………」

「ヒィ………ッ」



武器を捨て、一斉に逃げ出す。しかしそれをただで逃がす程、彼は甘くはなかった。



「逃がすかっ!!」



勢い良く拳を振り上げる。そこから放たれる闘気の拳圧に相手の足を止めると、一気に詰め寄った。相手は顔面を蒼白にし、情けない悲鳴を上げる。



「こ、この野郎ォ!!」



別の仲間が武器を振り上げ襲い掛かるが、アッシュは軽く避けると意とも簡単に斬り伏せた。そのまま逃げ惑う相手を追うと、前方から奴らのと思わしき悲鳴が聞こえてきた。



「! ヴァン!?」



目の前には逃げてきた敵を斬り倒したヴァンが立っていた。



「アッシュ、遅れてすまなかったな」



ヴァンは地に伏せ震える敵に目も暮れずにそう言うと、手に持つ剣を鞘に納めた。しかしその瞬間、天井に張り付いていた敵が彼に向かい斧を振り下ろして来た。



「オイッ、後……」



目を見開いたアッシュが全て言い切る前に敵はヴァンに振り下ろした武器ごと腕を失い、地面に叩き付けられた。



「あ……がぁあっ!!」

「オイオイオイ、いくら何でも不注意過ぎやしねーか?」



呻く相手を踏み潰して呆れ声を出したのは先程突然に消えたグレイだった。彼はいつの間にか上に羽織っていた外套を外し、幾分か動きやすそうな格好になっていた。そんなグレイにヴァンは来るのがわかっていたらしく、フッと小さく笑っているだけだった。



「つーかてめぇ、どこ行ってやがった!!」



アッシュはグレイに近寄るとその胸倉を掴んで怒鳴った。



「それがなァ、突然飛び道具みたいなのに捕まってさ。そのまま暫く引き摺られてたらヴァンに助けられた」



最後の方は本当に不本意そうに顔を顰めた彼にアッシュは一瞬だけ呆けると、鼻で笑い飛ばした。



「ハッ、六神将補佐ともあろう者が情けねぇな!」

「しっかたねーだろ。こちとら動き辛ェ格好な上、護身用のナイフしか扱えなかったンだ。少しは労れし!」

「それは命令違反をしなければ、こんな事にはならなかったと思うのだがな」



ムッとしてアッシュに反論したグレイにヴァンの厳しい言葉が飛ぶ。その声の冷たさに思わずアッシュの後ろに逃げた。



「ま、まぁ待てよ。結果的に何とかなったンだしよ。だからホラ、少しは多目に見て……」

「帰ったら始末書と特務師団に送った書類の山の整理、だな」

「うげっ……」



幼馴染みが悲鳴を上げて書類の山と格闘する姿が浮かび、顔が引き吊る。そんな彼にアッシュは「自業自得だ」と追い討ちを掛けたのだった。


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