A requiem to give to you
- 開花の兆し・後編(2/12) -


それに少女が下を見ると、驚きに目を見開かせた真っ黒な瞳と目が合った。



「タリス、何で君がここに…………グボッ」



ヒースの言葉は最後まで続かず、タリスは飛び切りの笑顔で彼の頭を固い床に沈めた。



「何で、ですって? 決まってるじゃない。貴方を打ちのめしに来たのよ」

「そこは普通探しに来たと言うべきじゃ……いたたたたっ」

「煩いわねぇ。散々皆に心配掛けた身分で何を偉そうな事を言ってるのよ」

「西高の帝王に、オレはなる!」

「黙って、もう本当に黙って。何有名な漫画のキャッチフレーズをパクって宣言してるのよ。ヒースの癖に」

「いっつつ……本当にあんまりな言い方だよね」



ギリギリと床に頭を押さえ付けられながらそう言うとますます力を込められた。それに「痛い」と訴えるも、その手は退かされそうにはなかった。



「大体ね、西高の帝王なりたいのなら先ずは私を倒さなければ駄目よ」

「先ずって言うより寧ろもうラスボスだよな」

「あら、何を言ってるのよ。ラスボスは理事長【叔父様】でしょう? 私はそうねぇ……差し詰め魔王を裏切る側近てところかしら」



裏切るのかよっ

今この瞬間、三人の心が一つになった………ような気がする。果てしなくどうでも良いが(因みに"西高"とはヒースの通う学校の略称である)。

それにしても何故彼らは今この様な事態に見舞われているのか。それは数分前に遡る……────






――――
―――
――



ヒースの呼び掛けに暫しの沈黙が続き、茶髪の少年が「何も起こらないぞ」と首を傾げた時だった。



『やぁ、やっとぼくに気付いたね!』

「! じゃあ、やっぱり君が?」



姿なき者の声は確かにヒースの耳に届いた。それと同時に辺りの空気が震え、それに気付いた深緑髪の少年は何かを確かめるかのようにヒースを凝視した。



『ぼくはシルフ。俗に言う、第三音素の意識集合体さ!』



それはあどけない少年の声で、今にも笑顔を浮かべて飛び出してきそうな感じだった。



「それで、その意識集合体が何故僕に話し掛けて来たんだ?」



ヒースは正直なところ、霊のような類いのモノが苦手だった。普段ならばそう言った話をされただけで逃げ出す程駄目で、話し掛けられたとならば失神していた事だろう。…………しかし、何故だかシルフは平気だった。姿が見えないのは一緒なのだが、時折自身を包むように吹く風にはどこか抱擁感があって、安心する。その事に疑問も抱きながらも問い掛けると、シルフは答えた。



『君がぼくを惹き寄せたんだよ』



それにヒースはどう言う事だ、と更に問う。



『君自身が音素を引き寄せるアンテナのような物なんだ。今までも何度かぼく以外の意識集合体も君の所に来ていたんだよ』

「そうだったのか……」



全然知らなかった。そう素直に溢すと面白そうに笑う気配を感じた。



『そりゃそうだろうね。君はぼく達の声はおろか、気配すら気付いてなかったみたいだから』



けど、



『今は違う。君は今こうしてぼくの気を感じ、話をしている。それが出来るのは……君の力が目覚めようとしているんだよ』

「目覚めるって……」



普段であればそんなどこぞの小説のような事があるか、と笑い飛ばしていただろう。しかしそれをしなかったのは、彼自身わかっていたからだ。邸で感じた、あの身体が軽くなったような感覚。いや、事実軽くなっていたのかも知れない。まるで、風と一体化でもしたかのような………爽快感。もし、本当にそれが確かなら、この重石のような身体も直るのではないだろうか。

ヒースは淡い期待を持たせ、掌を強く握り締めた。


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