A requiem to give to you
- 開花の兆し・前編(6/6) -



「此処からは非情に危険故、お前達はここで……」

「馬鹿を仰らないで下さいな。待つ? そんな物は私の辞書にはありません」



そう言ってスタスタと砦へと歩いて行こうとするタリスをガイが引き留めた。



「ま、待てよ! 相手は武器を持ってるんだぞ!? 丸腰の……しかも戦闘経験もない君が行くのは危険だ! ここはヴァン謡将達に任せた方が良い」

「確かに無茶は承知しています。だけど、私達は決めてるの」



絶対、皆一緒に帰るんだって。誰か一人でも欠けてはいけない。失ってはいけない。その為ならば、無茶でも何でもやってやるわ。



「君は、何で……何でそこまで必死なんだ?」



ただの友達想いとは違う、ある意味執念にも似た意志を持つその瞳にガイが問い掛けるとタリスは悲しそうに顔を歪めた。



「もう、誰も悲しい思いをいたくないからよ」

「タリス……」



いつも淑やかであり、その上気丈な彼女に隠された裏側に誰も何も言えなかった。タリス自身は言わなかったが、彼女の今の様子には彼らにも覚えがあり過ぎた。大切な人を失い、今も尚苦しんでいる。多くの戦場、武器を手に奮ってきた者、戦の被害に巻き込まれた事のある者にとっては十分過ぎるくらいに覚えのある感情だったのだ。



「だから、誰が何と言おうと私は行きます」



その声にハッとしてタリスを見た時には、既に彼女は走り出していた。



「あ、オイ!」



それに慌ててガイも追い掛けた。その様子を呆然と見送っていた兵士の一人が気まずそうにヴァンに口を開いた。



「あの、如何しますか……」

「………………」



難しい表情で二人の背中を睨み付けていたヴァンは一瞬の沈黙の後、兵士を振り返った。



「構わんで良い。お前達は引き続きここで待機だ」

「ですが、しかし………」

「あの二人には私がつく。それに、少々気になる事があるからな」



それだけ言うとヴァンも直ぐ様砦へと走っていった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







砦の中はとても暗く、そして冷え込んでいた。最初こそ誰も居ないのではないかと疑いもしたが、奥に進むにつれて段々と人の住んでいる痕跡が見付かっていった。



「まだ温かいわね」



暖炉のある部屋へと訪れ、まだ熱の籠った様子に暖炉へと近付いたタリスはそう呟いた。他にも床に転ががった酒瓶、食べてそのままの残り皿やシルバー類……どうやら先程までここに誰かが居たのは確かなようだった。



「あら? これは………」



部屋の端の方に落ちていたのは一つの汚れた人形。所々破れたのか縫った跡残っていて、持ち主が余程大切にしていたのが窺えた。



「タリス、それは?」



同じく部屋の中を調べていたガイとヴァンが後ろからタリスの手元を覗き込む。タリスは部屋の端を指差し「そこに落ちていたの」と言うと、二人は顎にてを当てて考え込んだ。



「……もしかしたら、拐われた子供の持ち物だったのかも知れないな」

「そうでしょうね」

「だが……」



ガイの言葉に頷いていると、ヴァンが辺りを見渡しながら言葉を重ねた。



「ここに子供の姿はなく、他の部屋へと繋がる扉も階段もない」

「って事は別の所に囚われてるか、もしくはもうどこかへ売られてしまっているって可能性も?」

「まだわからん」



ヴァンは首を横に振った。



「とにかく虱潰しに探すしかあるまい。手遅れ、と言う事は流石にまだないだろうからな」



そう言うとヴァンは先に部屋を出ていった。



「タリス、俺達も行こう」

「そうね」



ガイの言葉に頷き、人形を持ったまま部屋を出てすぐに何かに気が付いた。



「何かしら?」



床に落ちている……と言うよりは貼り付けられているそれはどうやら音機関のようだった。赤いランプがチカチカ点灯しており、咄嗟に身の危険を感じた。



「! これ……っ!?」

「タリス? どうかし……」

「来ては駄目っ!!」



異変に気付いたガイが近寄るのを阻止するようにタリスが叫んだその時、それは突如爆発した。



「タリス!?」

「…………っ!?」



遮られた視覚と聴覚、そして突然の浮遊感を最後にタリスの世界は暗転した。













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