A requiem to give to you
- 交わらない旋律(2/4) -


「………………」



タリスは苦い表情で中庭を見詰めていた。普段は庭師のペールによって綺麗に整えられているそこは、今朝の騒ぎで滅茶苦茶になっていた。

毎朝、ここでは早くからヒースがトレーニングをしている。しかしその時間、突如雷鳴が聞こえてきた。タリスは仕事の手を止め急いで中庭に向かったのだが、着いた時には既に遅く、そこにはヒースではなくルークが呆然と座り込んでいたのだ。



「タリス!」



暫くして後ろから名を呼ばれ振り返る。そこにはルークがいて、それから………



「どちら様ですか?」



ルークの後ろに立つマロンペーストの髪を高い位置で括った長身の男にそう問い掛けると、その人物は人の良い笑みを浮かべた。



「私はルークの剣の指南をしているヴァン・グランツだ」



ルークの師匠……ダアトの神託の盾騎士団の首席総長。まさかこのタイミングで会う事になるとは思わなかった。



「……タリス・クレイア。ルーク様の使用人をしています。どうぞお見知り置き下さいませ」



一瞬反応に遅れるも直ぐに会釈をすると、ヴァンは「そんなに畏まらなくて良い」と言って顔を上げさせた。



「聞けばルークの友達だと言うではないか。ルークはこのような状況故なかなか外からの者と知り合える機会がない。これからも仲良くしてやってくれ」

「はい」



成る程、とタリスはヴァンを上から下まで見る。何となく、ルークが彼を慕うのがわかるかも知れない。ガイの言っていた通りまるでルークの父親だ。事実、そのルークも普段はあまり見られない年相応な笑顔を浮かべている。本当に嬉しそうだ。

……だが、どうにも彼には気を許してはいけないような気もしていた。何故かはわからないが、心のどこかでこの男は危険だと警報を鳴らすのだ。

そんな事を思っているとルークが話し掛けてきた。



「あ、そうだタリス! ヴァン師匠がヒースを捜してくれる事になったんだ!」



その言葉に思わずヴァンを見ると、彼は頷いた。



「そのヒースとやらを攫った者は現在神託の盾で捜査を行っていた人身売買を生業とする一団だ。既に私の部下も動いている。この後合流するつもりだが、その時に助け出そう」

「なら、私も連れて行って下さい」

「タリス!?」



ルークが驚いてタリスを見るが、彼女の決心は変わる事はなかった。ヴァンも何かを考えるようにタリスを見ていたが、やがて首を横に振った。



「駄目だ。相手は金の為なら手段を選ばない。連れて行くにはあまりにも危険すぎる」

「そうだとしても、ヒースは幼馴染みなんです。……これ以上、」



これ以上大切な人達に離れていって欲しくない。



「………………」



タリス、とルークが小さく呟く。しかしヴァンはやはり頷く事はなかった。



「では尚更連れては行けん。それ程までにその者を大切だと言うのなら、時には信じて待つ事も必要だ」

「でも!!」

「それにタリス。お前はルークの友達ではあるが、使用人だと自ら言っていたな。只でさえこのような事が邸内であったのだ。今こそ主人を守るべくそばに居るべきではないか?」



ヴァンの言う事は正しい。立場上、タリスはルークの使用人だ。主の許可なく動く事は出来ない。いや、それ以前にこの状況下でファブレ公爵が外出の許可を出す筈もなかった。



「………………」



自然に手に力が入るも、どうする事も出来ずにタリスはただ俯いた。


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