A requiem to give to you
- 歌詞のない唄(5/7) -



あれからレジウィーダ達は夜が明ける前にダアトへと戻った。イオンを部屋に送り届けた時、倒れていた筈の兵士達の姿はなかった。代わりにグレイがイオンのベッドで寝ていたのを蹴り起こしてその場を後にした。

そしてこれは後でわかった事だが、兵士達はあの時の事を全く覚えていないらしく「俺はあの時導師の部屋で何をしていたのだろう」などと呟く聞いていた大詠師にこってりと叱られていたと言う。

また、気まずい状態になっていたアリエッタとの事は、イオンの病状の悪化の関係で彼女に直接会って謝る事は出来なかったが、彼直筆で手紙を書いて他の導師守護役に渡させたらしい。手紙を読み終えた時のアリエッタの幸せそうな表情はとても印象的だった。

……シンクとの事は、どうなったのかは教えてはもらえなかったが、シンク自身は毎日元気に(?)アッシュと喧嘩をしている様なので一先ず安心、と言う事にしておこう。












そしてそれから更に十数日が経ち、ついにその時はやって来たのだった。



「イオン!」



ヴァンに面会許可を取り、何故か譜陣の合言葉を知っていたグレイと共にイオンの部屋に雪崩れ込むように入る。入り口にいた兵士に「もう少し静かに入れ!」と叱られたが、今はそれを気にしている場合ではなかった。

彼の横たわるベッドに近付くと、イオンは微かに笑った。



「やぁ、来てくれたんだね」



そう言った彼はとても穏やかであったが、その頬は痩けており、目の下には隈がくっきりと出ていた。布団から出ている元々細かった腕はこの数日で更に痩せ細り、少し強く握れば簡単に折れてしまいそうな気がした。

もう彼は限界なのだと、嫌でも悟らずには居られなかった。



「イオン……」



大丈夫、なんて訊ける訳がない。何を言おうかと迷っていると、彼の方からレジウィーダの手を取り握って来た。



「アリエッタは、今日付けで導師守護役から解任したよ」

「「!!」」



ある程度予想はしていたが、やはりそうなってしまった事実に少しだけ悲しくなった。それに彼は続けて言う。



「やっぱり、彼女には僕だけの……ここにいる"僕"だけの導師守護役でいて欲しいんだ」



こればかりはもう一人の"僕"には譲れない。



「そう思うなら、何でアリエッタには本当の事を言わないんだ?」



グレイの疑問にレジウィーダも頷いてイオンを見るが、彼は首を振って否定した。



「それは駄目だ。僕が死んだと知れば、彼女は僕の後を追って自殺を図るだろう。彼女には、僕の代わりに世界の最期を見届けてもらいたいんだ」



それはつまり、例の"計画"とやらを諦めるつもりはないと言う意味でもあった。



「僕は世界も預言も、それに翻弄される人々も憎い。そしてそれは、僕の中で絶対に変わる事はないんだ」



でも……と彼が続けた時、握る手の力が強まったのを感じた。



「もしも別の方法で預言から解放される未来があるのなら……精一杯、生きていって欲しい。そう、思うんだ」

「イオン」



名前を呼ぶと彼は年相応な子供らしい笑顔を浮かべてこちら見返して来た。



「僕は………この世界が、大好きだよ」



その言葉にレジウィーダは大きく頷いた。



「あたしもこの世界も、イオンも大好きだよ」



そう返すとイオンは嬉しそうに目を細めた。その様子を見ていたグレイは思い出したかのように言った。



「オイ、導師。前の質問の答え、言ってなかったよな」

「……?」

「この世界と、それに踊らされる人々がどう思うかってやつだ」



それにああ、とイオンは納得するととても興味深そうに彼を見た。



「正直言うがオレは………世界なんてどうでも良い、って思ってる」



と、グレイははっきりとそう言い切った。


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