A requiem to give to you- 歌詞のない唄(4/7) -
レジウィーダはそんなイオンの言葉を黙って聞いていた。しかしそれが余計に彼を苛立たせ、イオンは彼女の胸倉を掴んだ。
「何だよ、その目は……同情でもしてるつもり? 死を前に怒り狂う子供がそんなに哀れかよ!!」
そう叫んでも彼女はやはり何も言わず、ただイオンを見つめているだけだった。
……気に入らない!!
「……っ」
途端、彼女の呻くような声が聞こえた。よく見ると左の頬が赤くなっていて、直ぐに自分が殴ってしまった事を理解した。しかし罪悪感よりも怒りの方が勝っている今のイオンに謝罪の言葉など出る筈もなかった。
「……預言が憎い。何も知らずにただのうのうと生きている奴らが憎い。毎日預言預言と、それに縋り幸せだと言う奴らが憎い。預言に詠まれないお前達が憎い。死ぬ運命に抗ったアイツが憎い……」
憎い、全てが憎い……!
病だって本当は早い段階でなら治るモノだった。だけど預言に詠まれているから、と教団の奴らは自分を医者に診せようとはせずに狭い世界に閉じ込めた。この世界にいる限り、預言に抗う事など出来る訳がない。死からは、逃れられる筈がないのだ。
なのに……なのに何で…………!
「アイツは、何で生きる事が許されるんだ……。預言がないから? 預言に左右されないから、生きる事が出来るの……?」
「!?」
レジウィーダはハッとしたように目を見開いた。しかしそれはいつの間にかその大きな目に溜めていた涙を堪えるように俯いていたイオンが気付く事はなかった。
「憎い。何もかもが憎い! ……こんな世界、消えてなくなれば良いんだ」
どうせ僕は直ぐに死ぬ。その後に一人消えようが皆消えようがどうでも良い。世界が消えれば皆同じなんだから。
「僕のこの死は避けられない。僕が死んだ後も世の人々はレプリカを僕と崇め続け、最後の最期で絶望するんだ」
そう、誰も僕の死など気付かない。僕は独りで消えていく……
「だけど………」
その時、今まで黙っていたレジウィーダの腕がイオンを強く抱いていた。
「……死にたく、ない」
死にたくない。皆と一緒に生きていたい。友達と遊んで、時に喧嘩したりなんかもして、たくさんたくさん笑い合いたい。家族に、会いたい。大切な人に…………伝えたい事だってあるんだ。
縋り付くように腕を握り、そう呟くイオンにレジウィーダは止まる事なく流れる彼の涙を指で拭い、しゃくりを上げるその背を撫でた。
「悔しかったんだ。同じ様に死を宣告された"僕"が生き続けられている事が」
「うん」
「妬ましかった。預言に縛られないレプリカやお前達、預言を知らないアリエッタ。そして、未来ある人達が………………羨ましかったんだ」
「……うん」
一つひとつ、消え入りそうな声で囁く彼の言葉を拾いながらレジウィーダは頷き返す。
「でも、失いたくない。一緒にいたい。あの子は僕の……大切な…………だから」
最後の方は殆ど声にならなかったが、それでもレジウィーダの心にはしっかりと届いていた。
「それが、君の本当の気持ちなんだね」
その問い掛けにイオンは小さく頷いた。それにレジウィーダは彼をより強く、でも優しく抱き締めた。
「ありがとう、本当の事を言ってくれて。ずっと……この気持ちを独りで抱えて辛かったよね」
「……っ、」
今は導師としての地位もプライドも、周りからの圧力も何もない。
「今なら、誰も見てないから」
だから今だけは、言いたい事を一杯言って、泣きたいだけ泣けば良い。その為に連れて来たのだから。
「……っ……僕は……僕は………っう、」
その日、イオンは初めて声を上げて泣いた。それはまるで生まれたばかりの赤子が母を求めて泣き叫ぶ姿に似ていたが、それはイオンが導師としてではなく"イオン"と言う一人の少年としての純粋な心が生まれ落ちた瞬間であったのだろう。
レジウィーダはイオンの背を撫でながら、夜空に瞬く星に願った。
どうか最期の瞬間まで、彼の心に安らぎを……
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