それよりも、とフリングスが声をかけてくる。
「それは元に戻るのですか?」
「多分? 一応、前例っぽいのがあるので」
そう言ってレジウィーダを見る。するとそこに興味が出たのかピオニーがどう言う事かと聞いてきたので軽く説明すると、彼は「そう言う事か」と納得していた。
「まぁ、一日そこらで戻るんなら良かったじゃないか。寧ろ普段とは違う性別になったんてまたとないチャンスだぞ? 何たってトイレやふ───」
「陛下」
未成年に余計なことを言うな、と今度こそ真面目にジェイドが釘を刺す。ヒースもまた彼が何が言いたいのかは何となく察したが、だからと言って特別何かをしたいわけでもない。
「特に何もしませんよ。取り敢えず戻るまでの間は大人しくしています」
「何それ勿体無い!!」
と、レジウィーダがヒースの肩をがっしりと掴んで言った。
「折角の体験だよ!? デコらなきゃ損じゃん!」
「それは君が、だろ?」
「あたしもだけど、ヒースちゃんだってこんな事一生に一度あるかないかだよ! 折角だからオシャレして街に行こうよー!」
て言うかデコらせて!
いつもだったら絶対に拒否をしているところだが、どうせいつもと違うのだ。偶にはこう言うのも良いのかも知れない。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
それからヒースはレジウィーダを始めとして女性陣に軽くおもちゃにされつつも着替えをし、街まで来た。
ほんの少しだけ伸びた癖のある前髪を抑えるように片側をピンで留め、チュニック風な上に全力でスカートを回避して妥協してもらったスカンツを履いたヒースは己や皆が思うよりはしっくりと馴染んでいた。
「これぞ至高やぁ♪」
隣を歩くレジウィーダはこれでもかと言う程満足げにニコニコだった。
「ソレハヨカッタネ」
だがしかしもう二度とやらせん。
着替えの時のわちゃわちゃ感やメイク時の息苦しさを思い出したヒースは人知れずそう誓った。
「それにしても、思った以上に違和感がないな」
一緒についてきたルークがそう言うと、ナタリアもうんうんと頷く。
「そうですわね。この世界に来たばかりの頃は気付きませんでしたが、やはり元の素材が良いのもあって実にデコりがいがありましたわ」
「まぁ、ヒース自身はオシャレとか頓着しないけど、元はそんなに悪くないのよねぇ」
「てか、確かお母さんと妹ちゃんもすごく美人さんだもんね!」
どこか感慨深く頷くタリスに思い出すように言うレジウィーダ。それにグレイも「あー……」と何かを思い出したのか、少しだけ顔を引き攣らせた。
「そうだ。何かに似てるって思ってたら、清乃にそっくりそのまんまなンだわ」
「キヨノ?」
「それって誰?」
「妹だよ」
急に知らない名前が出てきて首を傾げるティアとアニスにヒースが答える。そしてグレイの言う通り、これはヒース自身も思っていた事だが、先程鏡で改めて己の姿を見てあまりにも妹に似ている物でびっくりしたのは記憶に新しい。
「ヒースって妹いたんだ」
「とっても美人さんで、オシャレ大好きさんで、素敵な子だよ!」
レジウィーダがそう言うと、グレイが途端に哀れんだように彼女を見た。
「お前、あいつのお前への当たりの強さを受けておきながらよくそんな事が言えるな」
「そんな事あったっけ?」
「グレイ、多分この子気付いてないわよ」
グレイとタリスの会話に流れがわからないルーク達が首を傾げる。そんな彼らにヒースが更に補足をする。
「あの子対してに限った話じゃないけど、基本的にキッツイ性格をしてるんだよ。向上心はあるけど、その分負けず嫌いで自信家。けれど好きな物に対してはとことん突き詰める……そんな感じの子かな」
「後半に関してはヒース自身にも当てはまるよな」
ガイがそう言うが、その辺りはイマイチピンとは来なかった。
そんな事を話している内に市場の方へと来ていた。人が多く賑やかで、目の前には屋台などもある。
「何か食べよう!」
レジウィーダに促されて皆も頷く。
「あたし綿飴ー♪」
「私は焼き鳥にしようかしらねぇ」
「俺は海老串焼き!」
「フランクフルトも美味しそうだぞ」
「ミュウはあのリンゴのキラキラしたのが良いですの!」
「りんご飴ね。一緒に行きましょう」
「わたくしも隣の苺の飴にしますわ!」
「アニスちゃんはあっちにあるチーグル製菓の新作フロートにしようっと♪」
好き好きにそう言いながらそれぞれの目的の店へと消えていく。残ったヒースはグレイを見た。
「お前は行かないのか?」
「特に食べたい物もねーしなぁ」
「相変わらず食に対しての欲がないな」
呆れたようにそう言えば、「つってもよ」と困ったように返される。それから彼は途端に心配を露わにこちらを見返してきた。
「お前、無理してねーか?」
「無理してるように見えるか?」
「わかンねーから聞いてンだよ。オレはそう言うのを見分けるのが上手くねーからよ」
「フ、よくわかってるじゃないか」
バツが悪そうに頭を掻くグレイを揶揄うように言うのもそこそこに、ヒースは表情を和らげると目の前の情景に目を向けた。
「楽しければ、良いじゃないか?」
「え?」
「レジウィーダじゃないけど、こんな体験は普通じゃまず出来ないからな。不便なところは確かにあるけど、折角齎されたってなら楽しんでおいて損はないよ」
そう言うとグレイは目を丸くした。
「前までじゃ出てこないセリフだな」
そんな彼の言葉にまあね、と笑う。
「僕もそれなりに変わったって事だよ。勿論、今の見た目のことじゃなくてね」
「……それは流石にわかるっての」
「それより、次はまたいつこんな落ち着いた時間を過ごせるかはわからないんだ。今の内に買いたい物を買って、食べたい物を食べに行こうぜ」
そう言って前を指さすと、グレイは複雑そうな顔をしつつも頷いた。
「それはわかったけど、清乃の見た目で性格お前ってやっぱり頭バグりそうだから早く戻ってくれ……」
「その内な」
まぁ、明日には戻るだろうけどさ。
そう最後に続けて、どことなく嫌そうにする親友に気分を良くしながらもヒースは街に来てからずっと行きたいと思っていた屋台に向かって歩き出した。
案の定、翌日にはヒースの性別は元に戻っていた。報告がてらに城に来た際、残っていたジェイドの足元が焦げていたのに気付いたのは、事情を知るピオニーだけだったと言う……。
To Be Continued…
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