A requiem to give to you- 語られなかった隙間2(2/3) -
【レジウィーダとグレイ】
※裏庭を後にして直ぐ
「はよーーーーーーーーっす!!!」
バアアアアンッ、とけたたましい音を立てて勢い良く扉を開いたレジウィーダは、その音に負けないくらいの元気溌剌な声を上げて部屋へと入った。
「…………………」
いつもであれば誰かしらに「うるさっ」と耳を塞ぎながら返されるところだが、今はそんな彼女に突っ込む人はいなかった。……否、正確には人自体はいる。しかし今現在、部屋の主には騒音も声も届かなければ、自ら起きてくることすらないのだ。
レジウィーダは入って来た時とは逆に静かに扉を閉めると、ベッドに横たわる人物の元へと近付いた。
「うーん、変わらず健やかで何より何より」
うんうん、と一人頷きながらベッドの住人……フィリアムを見る。それから直ぐにフッと表情を和らげると鞄から何かを取り出した。
「また暫く会えなくなると思うからさ、アンタに預けとくね」
取り出したのは小さな巾着袋だった。手の平サイズのそれをフィリアムの手に握らせる。意識がない為、何の抵抗もなく彼の手の中に収まる。
その時、扉を開く音が背後から聞こえてきた。
「ン? 何だお前いたのか」
そう言って入ってきたのはグレイだった。彼はレジウィーダの姿に意外そうに目を丸くしながらこちらへとやってくる。
「立ち寄っていながら顔も見せに来ないほど薄情じゃないって」
「ふーん」
「それより、アンタこそどうしたんだよ?」
彼の事だから毎日お見舞いに来ていそうだから、今日もその一環なのだとは思いつつも問う。グレイは「ああ」といつも通りの抑揚のない声を上げながらベッド横にあるサイドテーブルに手を伸ばした。
「コイツの回収に、な」
彼が手に取ったのは前にレジウィーダが貸した音楽プレイヤーだった。
「ああ、それか。使ってくれてるんだ」
「……まぁ、それなりには」
少しだけ言い辛そうにする彼に口角が上がる。素直じゃないなぁ、なんて思いながら見ているとグレイは眉を寄せた。
「ニヤけてンじゃねーよ」
「ごめんて。……まぁ、それだけ気に入ってもらえてるって事でこっちも喜ばしいよ」
「フン、そうかよ………………………それより、レジウィーダ」
不意に名前を呼ばれて首を傾げていると、グレイは先程までの表情を引っ込めると少しだけ心配を露わにしたようにこちらを見てきた。
「お前は、大丈夫なのかよ?」
それはきっと、クリフの事だろう。アリエッタ程ではないが、お互いに”友達”と称するくらいには仲が良かったレジウィーダを心配してくれているのだろう。まさか二度に渡って友人(しかも同じ人)との別れを体験するとは思わなかったが、けれどレジウィーダの心は変わらなかった。
「大丈夫、ではないんだと思う」
でも、
「あの子に対して泣くのも、怒るのもイオン君やアリエッタ、それにアンタ達がやってくれたからさ。あたしは、あたし達を信じて託してくれたあの子の願いを叶える為に進まないと」
「けど、それは何もお前が一人でやる事じゃない。だから別に、一緒に悲しんだって誰も文句は言わねーよ」
「わかってる………………なーんて、本当は自分でもあまりよくわかってないんだよね」
あはは、と苦笑する。それにグレイが訝しげにこちらを見るのを感じながら、逃げるように視線をフィリアムに向ける。
「お兄ちゃんの時もそうだったけど、いなくなって悲しいって感情は確かにある。でも、それで涙を流すかって言われたら………何でか出てこないんだ」
勿論、別れを惜しんで泣くのは義務でないのだし、泣かないからと言って悪いわけでもないのはわかっている。
「もう会えないって思うと心にぽっかりと穴が空いたように、寂しいなってなる。もっと一杯遊びたかったなって、後悔だって………勿論。そんな誰もが思うような感情は確かにある。だけどそんな悲しいとか、怒りだとか、後悔だとかよりも……………何かもっと別の感情がここを占めているんだ」
レジウィーダはそう言って己の右手を心臓のある辺りに乗せる。それに当然ながらグレイが「何かって?」と問いかけてくるが、残念ながらその答えを持ち合わせてはおらず首を振るしかなかった。
「わからない。でも、きっと無視をしちゃいけないんだと思う」
それから視線を上げてグレイを見る。
「グレイ」
アンタは、アンタ達は……
「あたしを引き留めたんだ。だからこそ、アンタ達の誰一人として勝手に消えたりしないでね」
そう言うとグレイは静かに目を瞠る。しかし直ぐに短く息を吐くと鼻で笑い飛ばした。
「当たり前の事を今更言ってンじゃねーよ、馬鹿女。そこの寝坊助を叩き起こしてやる事全部やったら、絶対に帰るンだからよ」
だからお前も消えるなよ。
そんな副音声が聞こえてきそうな言葉にレジウィーダは小さくうん、と頷いて返した。
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