A requiem to give to you
- 語られなかった隙間(4/4) -



【タリス】
※レジウィーダが目覚める少し前



「…………まだ、寝てるわよね?」



静かな寝息だけが聞こえる部屋のドアをそっと開けて顔を覗かせたタリスが小さく呟く。返事が返ってこない事を確認するとどことなく足音も控えめに部屋に入り、ソファで眠る幼馴染みの側に寄ってしゃがみ込んだ。

身体中を覆うかのような無数の傷も、フィリアムに切られた大きな傷も全てなくなっている。一時は治癒術がなかなか効かずに本当に危なかった。ヒースの喝がなければ、その場で自身の心も折れて諦めてしまっていたのかも知れない。



(今度こそ、失ってしまうかと思った……)



一番最初は元の世界での二年前。未だに詳しい理由は分かっていない。公園での事故と言う扱いで、特に調査が入ったわけでもなかったと記憶している。

その時のレジウィーダ……宙も背中に大きな切り傷を負っていた。今考えてみれば、どんな事故が起こればそんな怪我が出来るのだろうかと思う。

この世界ですら存在し得ない術。自分も持っている特殊能力の一つだと言われればそれまでだが、それでもやはり……自分やヒースとは異世界への意識の持ち方が違うように感じていた。それはグレイもそうなのだが、レジウィーダにはなおそう感じられるのは、やはりあの事件の時の不可解さと、件の公園の《樹》を通じてこの世界に来た事に関連しているのだろう。

何にしても、あの時の事件は……タリスだけでなく、四人の中で様々な衝撃と亀裂を走らせたことには変わりはない。



(私にあなたを心配する資格なんてないのだと思う……でも)



無事で良かった、と心からそう思っていた。嘗ては恨んだりもした相手だが、彼女の優しさや明るさがあったからこそ、四人でいる事が出来たのだ。

心から、笑って過ごすことが出来た。

きっかけは確かに彼女の兄だ。あの人からもたくさんの大切な物をもらい、教えてもらった。大人が信じられなかった自分が、甘えることを知れたのは、彼がいてくれたからだった。その妹である宙もまた、自分と同い年で同性の友達という事もあり、自分が自分らしくある事が出来た。

散々酷い事も言ったし、現在もなお行っている自分にいつだって明るく接してくれた……それなのに、



「裏切るような事をして……ごめんね」



正直、記憶を失う前の宙がどう思っていたかはわからない。しかし陸也の方は間違いなく彼女に想いを寄せていたのは分かっていた。喧嘩こそ多い二人だったが、それは決して嫌い合ってのものではなかった。互いに本気で気持ちをぶつけ合うことで、素のままの自分を出して、そのやり取りを楽しんでいたところもあるのかも知れない。特に陸也は性格もあるが、昔から我慢することが多いのもあってか、他では出せない《ありのままの自分》が存分に出ていたと思う。

今の二人はただの喧嘩友達だ。ある意味、関係は変わってはいない。しかし望まれていた変化の可能性を潰したのは間違いなく自分だ。

グレイと数時間前に話をした時に、いよいよ答えを出さなくてはいけないのかと思った。しかしやはり出すことは叶わず、結局先延ばしにしてしまった。



(私はどうしたら良いのかな……)



正解なんてないのかも知れない。自分で勝手に罪悪感を感じているだけなのも分かっている。それでも、誰かに答えを聞きたいと思ってしまう。



「はぁ………駄目ねぇ」



いつまでも暗い気持ちが胸を支配する。思わず吐いた溜め息は目の前で眠るレジウィーダには届かない。

でも、もし今彼女が起きていたのなら、きっといつもの笑顔で明るく励ましてくれるのだろう。



「また、皆で一緒に遊びたいわ」



自分たちが今どんな関係性だろうと、その気持ちだけはずっと変わらない。自分が自分でいられる場所で、騒いで、喧嘩して、遊んで………そんな日々が、タリスにとって一番好きな事だった。全てを投げ打ってでもその日々が戻るのなら、いくらでも差し出せるくらいに。



(あの頃に戻れたら、どんな良いか……なんて。考えるのも馬鹿馬鹿しいのかも知れないわね)



何よりも無意味だ、と首を振る。それよりも未来に向くべきなのだろう。その為には、レジウィーダともしっかりと話さなければならない。



「直ぐには無理だけど、ちゃんと話すから」



正直に話して、事実を知って、それでもなお許されるのなら……また一緒に遊ぼうね。

だから早く起きて、と最後に一言だけそう告げると、タリスはゆっくりと立ち上がって部屋を後にした。










END
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