A requiem to give to you- 曖昧で不透明(4/6) -
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その人物は休憩しているイオンやジェイドよりも少しだけ離れた場所に立っていた。一見して辺りを見渡し魔物などからの襲撃を警戒している様にも見えるが、先程の今だ。いつも強気な彼女の背中は少しばかり落ち込んだように小さく見えた。
そんな背にヒースは声を掛けた。
「ティア」
「! ……ヒース」
名前を呼べば驚いた様にティアは振り向いた。その反応にやはりと思いながらも、ヒースは口を開いた。
「さっきのルークの言葉だけどさ、そんなに深く気にしなくても良いと思うよ」
「別に私は気にしてないわ」
言えばあっさりとそう返された。毅然とした態度で、きっぱりと。けれどそれが逆に感情を押し殺しているだけのようにも見え、ヒースはそれにどこか既視感を覚えた。
そう、彼女は誰かに似ている……と、心のどこかでそう感じたのだ。
「君も大概素直じゃないよな」
「………………」
素直な気持ちを言葉にすれば、ティアは怒ったように眉を寄せたが、結局は何も言わずに俯いてしまった。
「……………………」
きっぱりと言われてしまった以上、ヒースにも特に言う事がない。仕方なしに目の前の少女を黙って見ていると、それに何を感じたのかは定かではないが、暫くしてから彼女はどことなく気まずそうにポツリと呟き始めた。
「時々、彼が……ルークが羨ましくなるわ」
確かにルークは我が儘で、世間知らずで、横暴でどうしようもなく子どものお坊ちゃんだ。けれどそれ故に出来る純粋で、真っ直ぐな考え方、言葉を紡ぐ事が出来る。それが酷く羨ましいとティアは溜め息と共に漏らした。
「私は自らこの道(軍人)を選んだ。だから彼のような甘い事なんて言えないわ。そんな事を言っていては、戦時下では生き残れないもの」
「まぁ、それはそうだろうね」
戦いとは、殺らなければ殺られてしまう世界だから。生きるか死ぬかが勝敗を分けると言うのなら、敵は全て切り捨てる気持ちで行かなければならない。大きな利益を得る為ならば、小さな犠牲は仕方のない事だと、そう割り切らなければならないのだ。
「君は真面目だね。意志も固く、責任感が強い。俗に言う優等生ってヤツだ。ただ……」
それ故に融通が訊かず、自分と相反するモノ、枠に捕らわれないモノを受け入れられない。だからルークとも、ああも頻繁に揉め事が起こるのだろう。しかしティアはルークが羨ましいとも言った。
つまりは、少なからずルークの言った事が間違っている訳でもないと認めているのだろう。寧ろ、認めたいからこそ、なのかも知れない。
「ねぇ、ティア。優しさと甘えは、違うと思うよ」
「……?」
「君はルークの言動を"甘え"と言うけれど、僕にはそうは思えないんだ。だって、僕にとって"甘え"とは………………"逃げる"事だから」
小さな子供が親に甘えるのとは違う。世の厳しさを知り、いくつもの可能性を理解(し)っているにも関わらず、楽な道ばかりを行こうとする。自らに甘い選択ばかりで、現実から目を背ける事こそが、ヒースの考える甘えであり、逃げだった。
「いくつもの選択肢があるのに、それらをよく考えもせずに、自分の快楽を求めるが故に他を全て切り捨てるのは、愚かだ。それが例え人の為、平和の為だと思っていても、現状や事実が変わらなければ結局はただの自己満足になってしまうんだよ」
特に、それが人の命や心に関わるモノならば、尚更慎重にならなければならない。どんなに自分達の命を脅かすモノであろうと、命や心がある者を「危険」の一言で傷付けたり、殺してしまって良いものではない。
それをティアに言えば、再び眉を顰められる。そんな彼女に小さく笑った。
「今、甘いって思ったでしょ?」
「、………別に、思ってないわ」
と、言う割には言葉に詰まっている辺り、図星なのだろう。ヒースは一つ息を吐くと彼女から顔を背けた。
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