A requiem to give to you
- 餡蜜と宝物(2/2) -



現在、涙子は父・秋晴と祖母・杏奈と共に外食に来ていた。今夜は珍しく父がいるとの事で自宅で夕食を……となったところで、涙子本人も感覚的には大変久しく家に帰っていなかったのもあり、家に何も食材がないことをすっかりと忘れていた。今から買い物に行ってから食事を作るには遅くなり過ぎてしまう為、杏奈の提案で近くに食べに行く事になったのだった。

たまに祖母と二人で来ていた和食の美味しいお店で、ここの出汁と味噌を使った料理がとにかく絶品なのである。この店の定番である魚料理を杏奈が選ぶ傍ら、実は親子揃って魚類は苦手な為、別の料理を涙子と秋晴は注文した。

料理が来るまでの間。杏奈は静かに飲み物とお通しを口に入れ、涙子は父との談笑……………をするわけでもなく、お互いに何を切り出そうかと悩みながら無言の空間が広がっていた。



「…………………」

「…………………」



その何とも気まずい事か。己がもっと幼ければ、気にする事なく色々な事を話し出していたのかも知れないが、そうするには少しだけ、大きくなり過ぎてしまったようだ。秋晴も秋晴で、明るくおっとりとした母とは違いどちらかと言えば寡黙な方だ。況してや自分の妻にだって積極的に感情をアピールする方ではないのだから、普段からあまり関わらない娘に対してどう接するべきかなど彼にわかる筈もない。

そんな感じでただただ過ぎていく時間に杏奈の方が限界が来たのか、食べていたお通しが空になり、小さく音を立てて箸を置くと秋晴を見て大きな溜め息を吐いた。



「私は葬式会場に来たんじゃないんだよ」



なんだいこの湿った空気は、とそう言った杏奈に秋晴は罰が悪そうに項垂れる。



「いや、その………こう言う時、どうしたら良いのか正直わからなくて」

「それが高校生の娘を持つ親の言葉だなんて、呆れて物も言えないよ」

「す、すまない………」



そんな二人のやり取りに、涙子は思わず笑ってしまった。それに二人の視線が同時に向くのもまた、この二人もやはり親子なのだと思い面白かった。



「お父さんって、普段そんな感じなのねぇ」

「ご、誤解だ! 普段からこんな感じなわけないじゃないか」



慌てて弁明する父の姿。涙子の知る彼はいつもどこか無愛想で、口を開けば仕事やらスケジュールの事ばかりだった。それも相まってか、気真面目で厳格な雰囲気すらある父の姿はとても格好良かった。そんな彼が、己の母に叱られて萎れているのも、娘の言葉に焦っているのもとても新鮮で、新たな一面を知れて嬉しかった。

それより、と秋晴は話題を変えるようにそう切り出した。



「涙子の方はどうなんだ? 学校とか、友達とか………」



ああ、と涙子はその言葉に普段の自分の周りを省みる。



「そうねぇ。学校は女子校だから、男子はいないのだけれど………これはこれでなかなか面白いわね」

「? どう言うことだ?」

「女子校って言ったら当然女子しか通っていないわけでしょう? そのせいなのか、割と清楚で淑やかな人が多いイメージなのよ」

「違うのか?」



模範通りの質問を返してきた秋晴にニヤリと笑う。



「甘いわ。制服のスカートの下にジャージのズボンは当たり前。なんなら夏場は下着一歩手前で校内を彷徨いているわ。髪染めや濃い化粧だってするし、言葉遣いだって「ごきげんよう」とか「○○ですわね」なんて言わないし、寧ろ普通に男顔負けの言葉を発する人達もたくさんいるもの」

「な、なんだって………まさかお前も……」



彼の中にあったイメージが崩れたのか、明らかなショックを受けた顔をした秋晴は徐に涙子の髪の毛を見た。



「だからこれは文化祭の為(嘘)だと言ったでしょう。私が普段からそんな事をしているように見えるのかしら?」

「………そうでないと思いたい」

「そこはちゃんと信じなさいよ」



目の前の彼が父親でなくていつものメンバーであったなら蹴りの一つでも飛んでいただろうが、流石にさっきの言葉の後でそれをやるのは良くないのはわかっていた為、ここは一つ堪える事にした。

そんな事をしている間に頼んでいた料理が運ばれてきた。鶏肉を使った煮物系で、口に入れれば久しく感じていなかった故郷の味にひっそりと感動する。



「やっぱりここの料理は美味しいわ」



そう言って秋晴を見れば、彼も自身が注文していた料理を味わいつつ頷いた。

それから暫くは静かに食事を楽しみ、食後のデザートを頼んだところで涙子は先程聞かれたもう一つの質問に答えていない事を思い出した。



「あ、そうそう」

「?」

「友達の事について話すのを忘れていたわ」



何から話そうかと、頭に思い浮かぶ面々から順番に話し出す。



「幼馴染みが今は三人ほどいるのだけれど、”今日は”久々に会ったの」



本当は今日一日どころの話ではないのだが、話がややこしくなるのでそこは割愛。



「一人はとっても面倒臭がりで、素直じゃなくて良い加減なところもあるけれど、仲間想いで優しいわ。いつだって私達の事を考えて隠れて努力をしている人よ」



その癖、自分の事は二の次で…………そして実はすごく寂しがり屋。



「もう一人は真面目に見える不真面目で、見えない所でちょっとした悪さをするような人。でも、芯が誰よりもしっかりとしているから、誰かが挫けそうな時には怒ってでも引き上げようとしてくれるの」



それに実はとても格好つけたがりで夢見たがり。本人は隠しているつもりらしいけど……それが少しだけ可愛らしいと思う時もあるわ。



「最後の一人は………いえ、二人ね。姉弟なんだけど、姉の方はいつもとっても元気で明るくて、暗い雰囲気を吹き飛ばしてくれるの」



けれど本当はたくさん悩んで悩んで、私達に………皆に笑って欲しいと常に願っている。



「弟の方は感じたモノをありのままに受け止める素直さがあるわ。それ故に厳しい事を言ってくるけど、その言葉は決して無視出来るものじゃないし、それが道標となる事だってあったわ」



まだまだ自分の事には疎くて、迷ってしまう様子もあるけれど………でも、彼は私達の誰よりも真っ直ぐで未来を見つめる力があるのだと思うわ。



「これが、私が何よりも大切にしたい友達よ」



ルークやナタリア達だって勿論大切な友達で、仲間だ。しかし今はこのくらいで良いだろう。

そして、一通り涙子の話を聞いた秋晴は



「そうか」



と、小さく微笑んでいた。



「本当に、その友達が大切なんだな」

「……ええ」



何物にも代え難い、宝物。喧嘩もしたし、自分の身勝手で皆に苦しい思いをさせてしまっているところもあるけれど………それでも、涙子はその誰一人も失いたくはない。一緒にいるのは勿論だが、何よりも大切な人達が笑い合っている姿を見るのが、何よりも好きなのだから。



(きっと、それが私の”答え”…………よね)



そう、小さく笑いながら、涙子はいつの間にか運ばれてきていた餡蜜に手を伸ばした。











END
/ →
<< Back
- ナノ -