A requiem to give to you
- 預言に狂わされた緑(2/3) -



「こんにちは、"僕"になり得なかった"ボク"」



その言葉はどんな刃よりも深く、深くボクの胸に刺さった。聞き覚えが有り過ぎるその声は自分のモノと全く同じであって、自分よりも何十倍も何百倍も楽しそうに紡がれたのだった。



「ア……ンタは、……」



"ボク達"全ての元凶、源、原因、原点……どう言葉にしたら良いのかはわからないが、"ボク達"を作った奴ら風に言うと被験者【オリジナル】と呼ばれる"ボク"がそこにいた。

同じ場所にいるのだから会わない筈はない。ボクだって何度か遠目で奴を見た事はある。ここにいる者で奴の存在を知らない者はいない。奴は頂点だから。だけど奴がその他大勢の一個人の存在全てを見る事はない。だからボクとの接触率はほぼ無いに等しい……なのに、奴は今目の前にいてボクを見ている。

それはボクがこの頂点の"なりそこない"だからだ。頂点でも、その他大勢でもない中途半端な存在だから、奴の目に留まってしまった。

預言によって死を詠まれた哀れな導師・イオン。その"導師イオン"と言う存在を形だけでも生きていると錯覚させる為に模造品【レプリカ】を作った。ボクはその中の一人で、また一番導師としての能力が劣化していたイオンレプリカ。一番能力の近かったとされる七番目のアイツは奴が死ぬまで隠されながらも導師としての知識を身につけている事だろう。



「ねぇ」



不意に奴がボクに問い掛けた。



「何でお前はここにいるの?」



イオンレプリカは七番目のアイツ以外は皆処分された。実際にボク自身もザレッホ火山の火口に投げ入れられ、数日の命を終える筈だった。だからここにいるのは本当は間違い、奴はそう言いたいのかも知れない。



「レプリカにはね、預言がないんだよ」



何も答えずにいると、奴はそう言って話を変えてきた。



「この世の中に預言が詠めないモノなんてない。なら、預言が詠めないお前はナニ?」



この星に必要ないモノ? それともハズレモノ? ……ああ、どっちも同じか。そう言って奴は笑う。ボクには何がそんなに面白いのかわからない。

やっぱり何も答えられずにいると、不意に息が苦しくなった。いつの間にか奴と同じ顔を隠す為の仮面を外されて視界が良くなったと思えば、ボクと同じ顔がすぐ近くにあり、その両手の指はボクの首に巻き付いていた。



「僕であり僕に成り得ないお前が何でいるの。同じ存在は二つもいらないんじゃないかなぁ? ねぇ?」



そう言って指の力が込められる。病弱と言われている割にかなり力があるのではないだろうか。

ふと、ボクはザレッホ火山に投げ入れられた時の事を思い出した。あの時ボクは自分と同じ顔をした子供が下に消え、二つ息をする間にあの夜明け前の空へ昇っていくのを見た。そしてその間にまた一人下に消え、空へと昇る間にまた一人下に消えるのを見ていた。次にボクが下に消える番の時、残っていたのはあと一人。そいつもいつの間にか消えていたが、何かがおかしい……。

ボクを作った奴らはボクを「五番目」と呼んでいた。でも、あの場にいたのは七番目のアイツを除いて5人。






なら、もう一人はどこにいる?



「もう一度"自分"を血で染め上げるのってつまらないよね」



薄れゆく意識の中で、奴のそんな声が聞こえた気がした。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







……シンク、……シンク!



誰かが呼んでいる。"イオン"とも"五番目"とも違う名でボクを呼ぶのは一体誰だ……?



シンク! ……シンク!



「シンク!!」



段々とはっきりしてきた視界に最初に留めたのは紅だった。次に見たのは泣きそうに歪んだ女の顔。こいつの事は知っている。確か、火口に投げ入れられた時に意味不明な術を使ってボクを担ぎ上げた奴だ。その時もこんな顔をしていた気がする。



「アンタ……こんな所で何してるのさ」



確かこの女は先日問題を起こして謹慎処分を食らっていた筈だ。そう思って言うと、「それはこっちの台詞だ!」と返されてしまった。



「こんな所で真っ青になって倒れてるし、起こしても反応ないしでもう! 死んだかと思ったじゃないか!」

「死……か」



今更だが、どうやら奴はボクを殺さなかったらしい。ミスっただけなのか、見逃されたのかはわからないが途端に奴への怒りが込み上げてくるのがわかった。殺すのなら一思いに殺せよ、とそう思ったが、自分は死にたいのかと逆に自問したくなりそうだったので首を振って思考を掻き消した。



「ねぇ、シンク」



女……レジウィーダが呼ぶ。奴とは違う、何だが不安そうな声で。



「一体何があったの? この跡も……」



そう言ってそいつは先程奴が触れていた箇所に自分の手を当てていた。相当力を入れていたから、もしかしたら指の跡でも付いたのかも知れない。

ボクはレジウィーダの質問には答えずに、ふと前々から聞いてみたかった事を逆に彼女へと投げかけた。



「同じモノがいくつもあったら、アンタならどうする?」


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