A requiem to give to you- 気まぐれWIND(3/4) -
「それで、その後どうなったの?」
それを聞くのか、そう言うと目の前のお嬢様……皆川 涙子は「当然じゃない」とそのウェーブがかった長い焦げ茶髪を手で払った。
「貴方からその話題を振って来たのでしょう? なら、最後まで聞かせてよ」
「まぁ、そうだけど……。別に、着てないよ」
「あの宙から貴方が逃げ切れたって言うの?」
信じられない、と言った感じでこっちを見てくる彼女に首を振った。
「あの後、陸也が来たんだ。そしたら……」
その先は言わなくてもわかるだろう。あの二人が揃えば大抵いつも同じような展開になるのだから。案の定、皆川は察する事が出来たのか呆れたように苦笑して紅茶を啜った。
さて、因みに何故僕は今彼女と一緒にこんな所(と言っても只のファーストフード店だが)でお茶をしているのかと言うと、それは数十分前に遡る。家にあるパソコンが妹とのいざこざで少々異常をきたしてしまった為、修理する為に必要な物を買いに行った帰りにばったり彼女と出会ってしまったのだった。
『あら、聖じゃない。久しぶりねぇ……良かったらちょっとそこで話さないって言うか話しましょう』
と、言う事で断る暇もなく強制的に連れて来られたわけで。物凄く不本意だったが、どうせなら愚痴を聞いてもらおうと言ったまでは良かった。ただしちょっと人選を間違えたようだ。
彼女は面白い事が大好きだ。僕が巻き込まれる面倒事なんかは彼女にとって絶品の洋菓子のような物らしく、特にその話題に食いついてくる。そして無駄に煽る。まったく酷い話だ。こっちは好きでこんな目に遭っているわけではないと言うのに……。
「何不貞腐れてるのよ」
「別に……世の中理不尽だなって思っただけだ」
「今更ね」
ああもう、本当にそう思うよ。なんだか非常に面白くなく、取り敢えず手元にあったガムシロップを先程頼んだアイスティーに入れた。
「ところで聖」
「何?」
声を掛けられたのでそちらを見ると、皆川は普通の人が見たら見惚れるような素敵な笑顔を向けていた。……なんだか、非常に嫌な予感がする。
「はい、これ」
「…………?」
恐る恐る差し出された物を受け取って見てみると、予想とは遥かに違う物で少し驚いた。
「これ………」
恐らく自分でも今かなり顔の筋肉が緩んでいるであろう事が安易に想像できる。皆川は笑顔で「キモイわよ」とか言っているが、この際気にしないでおこう。
「……良いのか?」
「ええ、貴方好きでしょう? そう言うの」
「確かにそうだけど」
あの皆川が只の親切心でこんな物を渡してくるのだろうか。あの、人の不幸を糧にして喜ぶような皆川が。
「ちょっと、全部声に出てるわよ」
私は悪魔かなんかな訳?
はい、まんまそうだと思います。
ホホ、地獄の底に埋めるわよ。
……だからそれが悪魔だって……いや、すみません。口が過ぎましたごめんなさい。だから人のアイスティーにマスタードを大量投入しようとしないで。
「フゥ……別にやましい事なんて何もないわよ。だから安心して使いなさい」
「イエス、ボス……じゃなかった。わかった」
一瞬、彼女の背後に恐ろしいモノが見えかけた為、慌てて言い直した。どうやら僕は余程浮かれているらしい。いや、物凄く浮かれている。
「まぁ、喜んでくれているようだから良いけれどね」
そう言って皆川は肩を竦めた。うん、ホントごめん。すごく嬉しくって。今すぐ使いに行きたいくらいなんだよ。
この日だけはあの恐ろしくて面倒臭いお嬢様が女神に見えた。言ったら最後本当に地獄の底に埋められそうなので言わないけどね。
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