A requiem to give to you- 繰り返される哀歌(1/7) -
───障気発生の少し前。
ヒースはタリスと共にいつまでも姿を現さないグレイの部屋へと向かった。アリエッタに案内してもらい、件の幼馴染みの部屋に突入した………のだが、肝心の本人は不在で暫くの間戻っている様子は感じられなかった。
盛大な肩透かしを喰らった気分になり、しかしこのまま直ぐに戻るのもと言う事で、その足でフィリアムの部屋へと行く事となったのだった。
「フィリアム、来たわよ」
そう言ってタリスが先に部屋の中へ入る。当然ながら返事はない。あるのは穏やかな息遣いのみで、彼女に続いて部屋に入れば前に見た時よりも少しだけ小さくなったように感じるフィリアムがベッドで眠っていた。
「ベルケンドの病院から移ったとは聞いていたけど、こうしていると本当にただ寝ているだけに見えるな」
「そうねぇ。本当、今直ぐにでも目を開きそう…………でも、」
そうはならないから、困ったものよねぇ。
タリスはいつもと変わらぬ声色で言葉を吐き出す。ヒースからは背中しか見えない彼女が今はどんな気持ちで、表情でそう言ったのかはわからない。しかしそれを不躾に言及することもなく、ヒースはフィリアムのベッドから伸びている管に目をやる。
流石にずっと眠りっぱなしで経口摂取は不可能だから、点滴は必要だろう。病院にこそいないが、この状況は入院患者のそれと一緒だ。これだけで、この状況が普通ではないのが嫌でも理解出来てしまう。
ヒース自身、フィリアムとはレジウィーダやグレイのように特別仲が良いわけではない。かと言って、タリスのように確執めいた物(今は解消されたようだが)もないし、あったとしたら何度か武器を交えたくらいか。
あの時はお互いに必死だった上、フィリアム自身はある意味正気ではなかった。それでも負けてしまった事実は残り、それに関してはいつかリベンジしたいと密かに思っていたりもした。
迷いは多いが、一度決めた事にはどこまでも真っ直ぐであろうとする彼は……やはりレジウィーダとよく似ている。彼女と違いとんでもない無茶振りはないし、性格もどちらかと言えば控えめと違いもある。しかしそれでも、彼は彼なりに大事にしたい夢があるようで、その為の無茶はやはりする。
(まぁ、その結果がこの状態ってはある意味幸運だったのか、それとも愚かだったのか……いや、それは流石に悪く考えすぎか)
しかし、状況と相手を考えるに生きていたのはやはり運が良かったのかも知れない。実際は彼がこうなってしまう直前の事はわからない。けれど相手がただ眠らせるだけに留めた理由と言うのは、きっとフィリアム自身が何かしたからなのだろう。ヴァンやフィーナの心に、少なからず何かを響かせた…………そんな気がするのだ。
「あら?」
タリスの上げたそんな声に彼女を見ると、ベッドの横のサイドテーブルの上にある物を手に取っていた。何かと思いその手の中を覗き込むと、宝石のような物があった。
「それは?」
「これ…………前に私がグレイにあげたアミュレットだわ」
先が少し尖っていて、窓から差し込む光で碧くキラキラと光って見える。首からかけられるのか、紐が通されたそれは初めて見た物だ。少なくとも、グレイが身につけていたかどうかはわからない。
「それが何でフィリアムのところにあるんだ?」
「あ………それね」
と、タリスの代わりに声を上げたのはヒースの後ろで様子を見守っていたアリエッタだった。
「フィリアムがダアトに戻ってきて直ぐにグレイが置いてたよ」
「そうなの?」
タリスがアリエッタを振り返りながら問えば彼女はうん、と頷いた。
「なんかね、『どうせ寝てるなら、夢くらいは良い物が見れたら良いンじゃね?』って言ってた」
「まぁ、あいつらしいな」
別にグレイは占いだとか迷信だとかを特別信じるような奴ではないが、気休めくらいの気持ちで持ち出す事はある。アミュレットと言えば謂わばお守りだ。霊、とかとは違うような気はするが、それでも彼なりに何かをしてやりたかったのかも知れない。
「……………」
「タリス?」
何も言わないタリスを呼ぶと、彼女は少し何かを考えるように目線を下げていたが、直ぐに顔を上げると苦笑を浮かべた。
「何でもないわ」
「自分の彼氏がプレゼントを勝手に他人にあげてしまって怒ったとか」
「そんなんじゃないわよ。それに別にフィリアムになら、構わないわ」
そう言うものなのだろうか。……とは言っても、ヒースとて恋人と言うものは作った事がないので今一つその辺りの感覚はわからないが、彼女自身が納得しているのならこれ以上こちらから言う事はないだろう。
それからタリスが持っていたアミュレットをサイドテーブルに戻すのを目で追っていると、アミュレットとは別に何やら気になる物を見つけた。
「これって………」
思わず手に取るとタリスも気付いたように目を丸くした。
「あら、それってレジウィーダの音楽プレイヤーじゃない」
「やっぱりそうだよな」
どうしてこれがここに、なんて思ったが、もしかしたらレジウィーダもお見舞いついでに置いて行ったのかも知れない。そんな事を考えていると再びアリエッタが口を開いた。
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