A requiem to give to you
- 再誕を謳う詩・後編(9/12) -



「お前さ、味覚崩壊してるでしょ」



思った事をそのまま伝えると、トゥナロは結局全て食べ終えたそれをテーブルに置いて顎に手を当てた。



「そう言われてみれば、”前”とは味覚は変わったかもな。甘い物とか駄目だったけど、全然気にならなくなったし」

「逆にその時点で気付けよ…………何にしてもお前、今後料理禁止だから」



こんなメシマズの料理なんて食べてたら死んでしまうだろ!

そう文句を言えば、いつものように怒るかと思っていたトゥナロは不思議にも「そうか」と納得していた。



「いや、納得するなよ」

「でも不味いんだろ? なら食わない方が良い」

「それでも怒るところじゃないの?」



これだけストレートに言えば、例え本当の事だとしても怒り出しそうなものだ。しかしトゥナロにとってはそうでもないようで、何故か少しだけ嬉しそうだった。



「初めて言われたから、ちょっと新鮮だわ」

「お前、実はイジメられるのが好きだったりする?」

「ンな訳ねーだろ殴るぞ」



そう言った時には既に頭を叩かれていた。やっぱり不敬罪で処してやろうか、なんて思ったがつまらなくなるので流石にそれはやめておいた。
















しかしこれが、【イオン】としての彼との最後の会話だった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







終わりは唐突に訪れた。



「イオン様」



部屋をノックして、入ってきたのはヴァンだった。彼はいつもに増して厳しい、それでどこか焦ったような面持ちでイオンの前に立った。



「トゥナロに、計画の一部が知られたやも知れません」



一瞬、何を言われたのかがわからなかった。それから沸き起こったのは、静かな怒りだった。



「なんで?」



何故、どうして。一番身近にいるアリエッタにだって絶対知られてはいけない事なのに。

静かに問えば、ヴァンは戸惑いを隠し切れない様子を見せつつも説明した。



「私にも原因ははっきりとはわかりませんが………どうやら例の計画の研究室へと入り込んだようです」

「間違って入った………わけはないよね。アイツに限って」



ここ数ヶ月、トゥナロは外の任務も多かった。ケテルブルク、ベルケンドなどの遠征もあり、イオンの側を離れる事も増えてきていた。もしかしたら、その際に何かを知ってしまった可能性がある。



(アイツの能力なら、あり得ない話じゃない…………けど、)



まだ予定している計画………イオンレプリカの製造については準備段階だ。まだ実施までは至っていないし、この事を知っている者だってごく僅か。

だから彼がこの事を知る術は能力を使ったのだろう。そして能力によって見た記憶は……



(………僕の記憶、か)



仮にも側近だから、何かと接する機会は多い。何かのタイミングで見てしまったのだろう。だとすれば、恐らくその先の計画についても知ってしまった可能性すら考えられる。



「それで、トゥナロはどこへ行ったの?」



一応、部屋を見渡しながら尋ねる。万が一にも気配を消して近くにいる可能性も……と、思っていたがそれはなさそうだ。

ヴァンはその問いに首を横に振った。



「行方を眩ませました。今足取りを追っているところです」

「……そう」

「イオン様」



そう言ってヴァンはこちらを見る。その目が何を言いたいのかは、わかっていた。



「こうなった以上、放置は出来ませぬ」

「だろうね」



逃げたのならば、きっとこちらに引き込むのは難しいだろう。しかしこのままにして計画が外へと漏らされるのだけは、絶対に阻止せねばならない。

だとすれば、決断は一つしかない。



「ローレライ教団における最高機密漏洩の危険性を持つ裏切り者トゥナロ・カーディナル。


















奴を見つけ、速やかに処理しなさい」



その言葉は、あまりにもあっさりと己の口から吐き出された。

ヴァンはイオンの命を受け、「直ちに出動部隊の編成を行います」と告げて出て行った。



「………………」



誰もいなくなった部屋でイオンは深く椅子に腰掛けて息を吐く。

トゥナロは教団、騎士団内でも最早一部の者しか知らない存在となっていた。一応、カンタビレのいる第六師団に席は置いていたものの、あくまでも戸籍上に過ぎない為、奴を捕まえて処理する為の部隊を組むのはそれだけで骨が折れそうである(一応、彼にも部下は数名いるが、そいつらを編成に加えられるかどうかは正直わからない)

カンタビレもカンタビレで、モースとヴァンによってダアトから遠ざけられている。勘の良い彼女が近くにいては計画に支障が出るからだ。だからもう一年以上は彼女の姿は見ていない。

どんどん、周りから人がいなくなる。



(別に、どうせあと数年もすれば僕はいなくなるんだし……良いんだけどね)



寧ろ下手に仲良しこよしなんてしていたら、離れられなくなる。そう考えたら、これで良いのかも知れない。

きっともうトゥナロに会う事はないだろう。余程ヴァンが上手く引き込めれば話は別だろうが、イオンが知る限りのトゥナロの性格ではまず素直には応じないだろう。



「あーあ、つまらない」



いつしかと同じセリフを吐き出したところで、隙間風一つ入らない窓はしっかりと閉められたままだった。



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