A requiem to give to you- 再誕を謳う詩・後編(8/12) -
しかし、運命とは何とも残酷だった。
「ゲホッ………ゲホッ………」
外見よりも余程、中身は弱いままだった。寧ろ、年を重ねる毎に徐々に弱っているのを感じている。
(ったく、忌々しいね)
こうなる事は知っていた。導師になるよりもずっとずっと前から。何なら、これは生まれる前から既に定められていた事なのだ。
秘預言【クローズドスコア】。一般には公開されない、教団でも詠師以上の役職だけが見る事が出来るその者の運命の全てが記された特別な預言だ。当時のイオンはまだ導師ではなかったが、預言によって導師となることが定められていたイオンにはその権限が与えられていた。
幼心と言うのは好奇心に満ち溢れている。まだ十にも満たない子供が下手に力を持つのがどう言う意味なのか、今ならわかるし、後悔してももう遅い。
イオンは己の秘預言を見てしまった。そして知ったのだ………己の死期を。
別に数十年と先だったのならば、そこまでじゃなかったのかも知れない。だけど詠み取った先に記された未来は、僅か五年にも満たないのだと知って、覚えたのは確かな絶望だった。
だからイオンは誓った。己を無様にも捨てようとする預言を、預言を信じて今日の平和を喜ぶ人々を
(絶対、絶対に………ぶっ壊してやるんだ)
皆が信じ崇める導師からの最高のプレゼントだ。成就するのは己が消えた後にはなるが、絶望の淵にいるイオンに手を伸ばしたあの悪魔が必ずやそのプレゼントを届けてくれることだろう。
その為の準備と言うも既に始まっている。イオン自身が直接関与するにはまだ少しかかるようだが、一年以内には取り掛かれるだろうとの事だ。
(まぁ、その準備にあのモースも噛んでるって言うんだからお笑い種だよね)
しかもモース自身は最終的なこちらの目的は知らない。奴は預言の成就だけを願っているのだから、少しそれっぽい事を言えば簡単に協力体制を取ってくれた。彼の持つ権限は色々と使えるので正直有難いところではある───
「オイ」
そんな声と共に目の前に水の入ったコップが差し出される。目線を上げればトゥナロが立っていた。
「咳してンじゃねーかよ。取り敢えず飲んどけ」
「───……あぁ、すまないね」
そう短く返してコップを受け取り水を飲む。乾いた喉を潤し、幾分か肺も心も落ち着いたような気がした。
「って言うか、いつ入ってきたのさ。僕の前でも気配消すのやめてくれない?」
「文句言ってンじゃねーよ。タイミングズレて誰かと鉢合わせたらそれはそれで怒る癖に」
「それはちゃんと合わせないお前が悪い」
「我儘か」
ムッとして文句を垂れるトゥナロにニヤリと笑う。
「だって僕、導師だし? お前は僕の部下、僕の為になるように動くのは当然だろ」
「知ってるか? そう言うの傍若無人って言うンだ」
売り言葉に買い言葉。お互いの間にバチバチと電流が走ったような気がするが、きっと気のせいだろう。
トゥナロは大きな溜め息を吐くと、近くのテーブルに置いていたトレイを差し出してきた。そこには湯気が立った汁気の多いライス……俗に言う”おかゆ”があった。
「最近、あまり物が喉を通らないらしいってアリエッタが嘆いていたぞ。食べられそうなら、少しでもなんか口に入れとけよ」
「…………」
最近は気候が安定しないのもあってか、調子が悪い日が続いている。預言の期日まではまだ数年あるから、今すぐに死ぬわけではないし、体調の良し悪しにもムラがある。だからもう数日でもすれば落ち着くだろう。
正直、食欲は湧かなかったが、点滴での栄養補給にも気が滅入っていたところだ。見たところ殆ど固形物はなさそうなので、これくらいならいけるかも知れない。そう思いスプーンを手に取って一掬いし、おかゆを口に入れ──────そして即座に吐いた。
「ヴえっ……げっほげほゲホッ!?」
「うおっ!?」
思わず先程以上の勢いで咳き込んでしまい、トゥナロも驚いたように身を引いていた。イオンはスプーンを投げ出したい気持ちを抑えながらもトゥナロを睨み上げて怒鳴った。
「まっっっっっっずいんだけど!!?」
「え?」
トゥナロはまるでそんな事を言われるとは思ってはいなかったかのように、いつもは鋭い目を丸くしている。
「何、実は毒殺でも考えてた!?」
「今更そんな事をするかよ」
「だとしても誰だよこれ作ったの! 今まで食べた事がないくらい酷い味なんだけど!」
表現も難しいくらいに形容出来ないその味。見た目は普通なのに何故こんなにも未知の味になるのか。犯人を見つけたら即座に牢にぶち込んでやろうなんて考えていたら、トゥナロが少しだけ言い辛そうに頭をかきながら口を開いた。
「それ、オレが作ったんだよ」
「………………」
思わず絶句してしまった。その間にもトゥナロはイオンからトレイを取り上げてあのクソ不味いおかゆを口に入れていた。味わうように咀嚼し、ゆっくりと飲み込む様に更に気分が悪くなりそうだった。
「ンー? 言う程不味いか?」
「……アンタ、本気で言ってるの??」
しかし本人の言う通り、まるで同じ物を食べたようには思ない程彼は普通だった。寧ろそのまま食べ続けている。
「ちょっと、腹壊すからそれ以上はやめなよ」
「へーきへーき。さっき作ってる時も味見してたし」
味見してこれかよ。
トゥナロと出会って数年経つが、まさかこんなに彼の舌がバグっているとは思わなかった。
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